ブーケの行方と、あの日の片思い

第四十九章:最初の告白の代わりに

宏樹が優花の手を握り、
「君との大切な時間だ」
と告げた瞬間──

優花の視界がふわりと滲んだ。

五年間、胸の奥に押し込めてきた片思いが、
彼のまっすぐな言葉によって肯定されたのだ。

優花は、溢れそうになる涙をこらえながら、
握られた手にそっと力を返した。

「宏樹……ありがとう。そう言ってくれて……すごく嬉しいです」

震える声に気づいたのか、宏樹は柔らかく微笑んだ。

「いや、ありがとうを言うのは俺の方だよ。
君が──俺をもう一度、人間らしくしてくれたから」

胸がぎゅっと温かくなる。
だがその想いを、ただ受け取るだけでは足りない。

優花も、彼へ自分の気持ちを返したかった。

ただし、
彼にプレッシャーを与えるような“直球の好き”ではなく、
優花らしく、静かで深い言葉で。

優花はバッグから、
彼にもらった夜景モチーフのキーホルダーを取り出した。

小さな金属が、雨の光を吸ってわずかに輝く。

「宏樹、このキーホルダー……
“心の安らぎをもらったお礼”って言って渡してくれたんですよね?」

宏樹は、穏やかに頷く。

「うん、そう言ったね」

優花は、その輝きを見つめたまま口を開いた。

「実は、私にとっては……もっと大きな意味があるんです」

ゆっくりと、彼の瞳を見つめる。

「高校の時の私は、宏樹の背中を遠くから見ているだけで精一杯でした。
いつも人気者で、まっすぐで、目が追いつかないくらい眩しい人で……
同じ世界にはいられないと思っていました」

宏樹は驚いたように、しかし否定せずに受け止めている。

優花は静かに続けた。

「でも……美咲の結婚式で再会して。
それから今日までの時間で……
初めて、“隣に立てた”気がしたんです」

鼓動が弾む。
雨の音さえ遠くなる。

「宏樹さんが弱さを見せてくれて、
私が少しでも支えになれることが……
すごく嬉しくて。満たされて。
あぁ、私もようやく宏樹さんの世界に触れられたんだって」

言葉に込めた想いは、すべて過去と今の優花そのものだった。

そして最後に──
優花は自分の心を託した。

「だから、このキーホルダーは……
ただのお礼じゃありません。私にとっての“ブーケ”なんです」

宏樹の表情が、ゆっくりとほどけていく。

「ブーケ?」

優花は微笑んだ。

「はい。
美咲が幸せを掴んだみたいに……
これは私が“未来を歩き始めるために受け取ったブーケ”。
宏樹さんが、私にくれた未来へのご褒美なんです」

告白を、
“愛の言葉”ではなく
“未来を共に歩く象徴”として差し出した。

宏樹はしばらくそのキーホルダーを見つめ──
次の瞬間、優花の手を両手で包み込んだ。

「……相沢。君は本当に、ロマンチックなことを言うな」

照れたように笑いながらも、その瞳は真剣だった。

「実はね……相沢の気持ちが“ただの同級生への優しさ”じゃないって、
最初から気づいてた。
でも確信したのは──ヘッドフォンを受け取った時だよ」

雨の音だけが世界を包む。

「君がくれたものは、物じゃない。
俺の心と生活に、ちゃんと“居場所”を作ってくれる気持ちだ」

そして──
二人の関係を決める言葉が、まっすぐに降りてきた。

「相沢。俺は……君に救われてる。
君が俺の人生にいてくれるなら、
仕事の重圧も、未来の不安も、全部乗り越えられる気がする」

握られた手に、ぐっと力がこもる。

「だから──
俺たちのこの“大切な時間”を、これからも続けていきたい。
二人で」

返事はいらなかった。

優花は、涙をこぼさぬよう、ただ深く頷いた。
改札前という公の場なのに、
世界から音が消え、
二人だけの温かな空気が流れていた。

五年越しの片思いは、
ようやく手と手をつないで、同じ未来へ歩き出したのだった。
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