新堂さんと恋の糸
「え、今もしかして撮ったっ!?やだ、恥ずかしいから消してよっ、」
「うわ、ちょっとカメラ奪おうとすんなって!あっ、」

有働くんが私ではなく、その後ろに視線を向けて「あれって、」と声を上げた。
ごまかそうとしたってそうはいかないんだから。そう思いながら同じ方向へと振り向いたとき――私の視界にずっと頭から離れない人がよぎった。

(……あっ、)

それは、新堂さんだった。

このアパレルショップがあるということは、新堂さんの事務所は目と鼻の先だ。私は目的地を決めずに歩いていたつもりが、足は新堂さんの事務所に向かっていたのだと今さらながらに気づいた。

そして、新堂さんの隣にいるのは。

「あれって麻生主任と…誰?」

有働くんは、新堂さんの顔を知らない。だから有働くんは新堂さんにではなく、その隣りにいる杳子さんを見てびっくりしたんだと思う。

あれは、事務所へ向かう方向だ。麻生さんが担当になったのだから、事務所近くで一緒にいるのも当然のこと。それなのに、私はその場を動けずに並んで歩く二人を目で追ってしまっていた。

どうしよう、ものすごく胸が痛い。
そのとき、ふと新堂さんの足が止まってこちらを向いて、視線が交錯する。眼鏡の向こうの目が見開かれるのが、スローモーションのように見えた。

―――さくらい、

そう新堂さんの口が動いたように見えたのは、私の都合のいい幻覚だったのかもしれない。

「有働くん、行こう…っ、」

気がつくと私は、有働くんの腕を引っ張って思いきり走り出していた。走りながらも、目に焼きついた映像が離れない。
一瞬見えた、杳子さんの横顔。長い睫を綺麗にカールさせて新堂さんを見つめる横顔には、余裕と自信が漲っていた。

『最近綺麗になったって評判だよ』

以前、編集長が私にそんなことを言ってくれたけど、全然そんなことはない。杳子さんの方が圧倒的に綺麗だし、新堂さんの隣りに並んでいて、お似合いだった。そう思うと、もう私の思考は止まらなかった。

(あぁ、もしかして……)

今回の件で私と交代で杳子さんを指名したのは、新堂さん本人なのかもしれない。
さっき目にした光景と、今までのいろんな記憶の糸が繋がっていく。

反対に、私と新堂さんとの糸は今この瞬間に切れてしまったのだと――そうはっきりと現実を突きつけられたような気がした。

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