新堂さんと恋の糸
 ――もう、そこで駄目だった。

 ここまでどうにか堪えていた涙が、その一言で決壊したみたいにあふれ出した。視界が一気にぼやけて、頬を伝う温かい筋を、もう自分では止められない。

 「櫻井って、よくケガするしよく泣くよな」
 「……泣いて、ません」
 「嘘つけ」

 新堂さんの顔が笑っているのか呆れているのかさえ、涙で滲んだ視界では分からない。
 それでも、新堂さんの右手が私の右頬に触れて流れる涙を拭ってくれる。

 「だって新堂さん、もうインテリアのデザインはしないって…」
 「そうだよ、作るつもりなんかなかった。こんなデザインと材質にしたせいで手間も時間もかかって仕方ない。なのに商品化もできないから、一銭にもならないしな」
 「じゃあどうして……」

 ぐいぐいと頬を拭う力が強くなってきて私が顔を歪めると、また少し力を緩めて柔らかく笑う。

 「デザインをしている時間が、楽しかったから――どうしたら櫻井が驚くか喜ぶか考えていたら、全然苦じゃなかった。櫻井が無償だろうが雑用だろうが、事務所で楽しそうにしていた理由がやっと分かった」

 頬を撫でる手が、言葉が、眼差し一つ一つが優しい。

 (でも、それならどうして――)

 「ならどうして……担当を代えろって言ったんですか…?」

 私が発した言葉は、水に投げ込まれた小石みたいに波紋を起こした。
 新堂さんの動きが止まって、途端に私たちの間に流れる空気が張り詰める。

 「それは……見られたから」

 (……見られた?)

 新堂さんは私が座っているハンギングチェアの後ろに回って、何かを取って戻ってきた。

 そして、私の目の前に差し出されたのは1枚のデザイン画だった。
 ハンギングチェアのもので、デザイン画には作品名の『Beautiful 'Spring'』の文字と、椅子には女性が座っている。

 「これは……私?」

 そのデザイン画の女性の顔は――私にそっくりに描かれていた。
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