婚約破棄されたぽちゃOL、 元スケーターの年下ジムトレーナーに翻弄されています
唐突に言葉のナイフで刺されて、一瞬固まる。
「え……、私真剣だったんだけど」
「なおさら寒いって」
ピシャッと言い切られて、動揺が隠せない。
数時間前の、優しいお母さんの顔をしていた彼女はどこにいってしまったんだろう。
「昔からさ、そういうタイプのヒロインが出てくるドラマとか嫌いなのよね」
軽く笑いながら、理世は冷めた紅茶をグビグビと飲みほした。
「ひ、ひどい。元彼にフラれた時は優しく寄り添ってくれたのに」
大げさにテーブルに突っ伏してみせると、雑に頭をワシワシと撫でられた。
「それは向こうに問題がありすぎたからよ」
「じゃあ、今回は私に問題があるってこと……?」
ゆっくり顔を上げると、目が合った理世に頷かれる。
「未練ありまくりなのに、綺麗事言って自分を誤魔化そうとしてるのが問題よ」
その言葉に、なにも返すことができない。
「私ね、悠貴より年上でしょ。彼のために身を引くことが、大人の私がしてあげられることだと思って」
「大人こそ、もっと強欲に生きなきゃダメよ。本当に欲しいものは、全部手に入れる勢いでいかなきゃ」
理世らしい励ましの言葉だと思った。
でも、私はそこまで大胆にはなり切れない。
たった数カ月を一緒に過ごしただけの私が、悠貴のこれからを奪っていいはずがないのだ。
「うん、今度からそうしてみようと思う」
明るく言ったつもりだったけど、理世はまだ不服そうな顔をしていた。
「理世が心配してくれてるのはすごくわかるよ。せっかく好きになってくれた人がいたのに、結局私はひとりになっちゃった」
「……そうね」
「けど吉光さんのアプローチを断ったことも、悠貴から離れたことも、選択を間違えたとは思ってないの」
本当? という顔で理世がこちらを見てくる。
疑っているというよりは、心配しているという顔だ。
「昔の私だったらね、理世のお家に遊びに来たら羨ましくて仕方がなかったと思う。幸せな理世に憧れて、早く結婚したいってまた焦ってたかも」
元彼と別れた後、理世の左手にきらめく結婚指輪を見た時の気持ちを思い出す。
いいなぁと、それしか思えなかった。
「でもね、今は穏やかな気持ち。もちろん、幸せな家庭を築いてそれを守ってる理世への尊敬の気持ちはあるよ。ただ焦っても仕方ないし、結婚に焦るより目の前の小さな幸せに目を向けて生きていく方が私らしいなって思ったの」
「でも」
「だからそんなに心配しないで、私は大丈夫だから」
大丈夫、幸せな思い出があれば前を向ける。
もう一度、刻む様にゆっくりと心で繰り返す。
「そっか」
噛みしめるように言った私に、理世は半分諦めたように、そして半分受け入れるように静かに呟いたのだった。