3分間スーパーヒロイン
3分間スーパーヒロイン
その日、私は尾行していた。一定の距離を取りながら、ある人物を追って。
前方を歩いているのは、同じクラスの若王子翔平君。ちょうどサッカー部の練習を終えての帰宅時で、日もすっかり暮れていた。
若王子君は、学校で一番人気がある。勉強もスポーツも学年一。性格は明るく優しく爽やか、そしてイケメン。今は生徒会長の役員だけど、来年には会長に選ばれること間違いなし。でも、恋人がいないことは調査済みだ。
そんな若王子くんを、私は眺めているのが好きだ。手の届かない、声もかけられない存在だけれど。
そもそも私は陰キャ&コミュ障の極みである。見た目は地味で、名前からして、鈴木正子なのだ。ブサイク、スタイル悪い、勉強もスポーツもできない。性格も悪い。
さらに存在感がない。消したくて消えているわけではない。もはや透明人間だ。
趣味も将来の夢もない。そんな退屈な毎日の唯一の癒しが、若王子君だった。もう眺めているだけでいい。こうやって、遠くからでも。
「ハッ……」
私は我に返った。これではストーカーじゃないか。嫌だ。さすがにそこまで堕ちたくはない。
私は情けなくなって、今来た道を戻り始めた。家は反対方向だった。
なんか泣きたくなってきた。目が潤む。涙がこぼれないよう、空に目を向ける。流れ星を見つけた。キラキラ輝いて、綺麗だ。まぶしいくらい。どんどん大きくなっている。
あれ? 近づいている? 待って! 近い、近い、近い!
私は大きな光の玉に包まれた。
目を覚ました時、体が異様に軽かった。周囲は淡く白い世界。ああ、ここは天国かな?
「ようやく気づいたようだね」
見返すと、銀髪の端正な顔立ち、若干濃い目の男性が立っていた。古代エジプトだか、古代ギリシャっぽい、白布に包まれた衣装。背中には大きな羽根が生えている。
「天使さん、ですか?」
「宇宙人です」
リュミネル星からやってきた、ピアリンと名乗る碧眼の宇宙人は説明を始めた。
太陽系をパトロール中、地球に立ち寄ったところ、私と激突した。そのせいで、宇宙人ピアリン氏は、宇宙を守る正義の戦士へ変身できなくなってしまった。変身エネルギーが衝突の弾みで、私へと移ってしまったらしい。その変身エネルギーを取り戻したら、私の命がなくなってしまうとのことだった。
「そこで代わりに、鈴木正子、君が正義の戦士として戦ってもらう」
「誰と?」
「凶悪な宇宙怪人」
「お断りします」
「しかし、このままだと君の命は助からないぞ」
「構いません」
戦うなんて無理。痛いのはもっと無理。いい思い出なんてなかったし、これから先も、いいことなんてないだろう。お父さん、お母さん、先立つ不幸をお許しください。
「いいのか! 君の憧れの存在がどうなっても?」
空中にモニターのような枠が浮かび上がり、映像が流れ出した。そこには夜道を歩く、若王子君が姿があった。さらに、タコのような怪人が現れ、若王子君に襲いかかった。
「そんな、やめて!」
私は絶叫した。
「彼を助けたければ、マサコ、変身して、戦え!」
モニターの中の若王子君は、タコのあごひげから伸びる触手にからめとられて、身悶えしていた。
「分かった! でも、戦うのは一回だけよ!」
すると、ピアリン氏は画面を切り替えた。いろいろな衣装がショッピングサイトのように、一覧として掲載されている。
「無料オプションだ。どのコスチュームにする?」
コスプレか。
仮面をつけた銀色のピチピチ全身スーツタイプ、フルフェイスのサイボーグタイプ、とんがりハット付きホワイト系の魔法少女タイプ、プレートアーマーを装着した異世界勇者タイプ、布少なめのセパレート水着タイプ(何でこんなのがあるんだ?)、カラフルなくノ一タイプ、メイドカフェ店員タイプ……などなど、かなりの種類がある。
どれも顔や頭全部、あるいは顔の上半分、下半分が隠れるような使用になっていて、素顔はバレない気配りができていた。
「早く決めろ! 彼の命が危ない!」
触手に巻かれている若王子君が白目を剥いている。
私は仕方なく、魔法少女タイプを選んだ。戦闘には不向きかもしれないが、少しでも可愛らしくありたいという乙女心があったのだ。
「よ~し、名前はマサコだから、マジカルと合わせて、マジカストル=マサンドラ」
何それ?
「そして、変身の合言葉は、メタモだ!」
「メタボ?」
「違う!」
ピアリン氏は変身ポーズの振り付けを披露してきた。
「こうやるんだ! マジカストル=マサンドラ、さあ、一緒に!」
体をクネクネさせて、これが結構恥ずかしい。そして、最後は掛け声。
「メタモ!」
その瞬間、私の体が閃光した。
私は目元だけ隠したドミノマスクを装着し、魔法少女姿となって、マントを翻し、夜の路上に降り立っ……バランスを崩し、コケた。格好悪い。
目の前には、雁字搦めの若王子君とタコ怪人がいた。私の尻もちに気づいて、二人とも視線を向けてきた。
私は手にしているステッキを掲げた。これで魔法を駆使して、怪人を退治するのだ。しかし、振りかざしても、何も変化は起こらない。
「マジカストル=マサンドラ、刺激を受けろ」
ピアリン氏の声が、脳内に直接届いた。
「刺激?」
私も脳内で質問を返した。
「そうすれば、エネルギーが貯まる」
タコ怪人の触手が勢いよく、私に向かってきた。殴られた私は、背中を壁に打ちつけ、激痛が走った。
「エネルギーがチャージされたぞ」
ピアリン氏の声が脳に響く。
「痛ければ痛いほど、強い魔法を使える」
そんな! 痛いのなんて、嫌!
「あと、言うのを忘れていたけど、変身を維持できるのは、三分間だけだ。あ、もう、残り二分十五秒」
「何でそんなに短いの!」
「地球では、そういう決まりなんだろ?」
どういう決まりなの? 知らないよ!
再び触手が伸びてきて、私の体に巻きつけられる。私も若王子君も、このままでは絞めつけられて死んじゃう。若王子君と目が合う。助けなきゃ!
「く、苦しい……苦しいってば!」
私はもがきながら、両手を左右に大きく開いた。すると、触手が弾け飛んだ。馬鹿力を発揮する時だ。
「成敗!」
魔法のステッキが伸びて、光り輝く剣となった。私はタコ怪人の八本の触手を華麗な剣さばきで切り落としていった。若王子君が解放され、地面に転がる。
「トク・サツ!」
口から勝手に決めゼリフが出た。そして、剣先から光の玉が勢いよく放たれた。玉はタコ怪人に命中し、まばゆい光とともに消滅した。
ぐったりとアスファルトに倒れている若王子君に、私は急いで駆け寄った。
「若王子君!」
胸元に提げたペンダントが点滅し、ピコピコと警告音を鳴らす。ピアリン氏の声が響く。
「マジカストル=マサンドラ、残り三十秒を切ったぞ!」
私は立ち去ろうとした。
「君は誰?」
若王子君が痛みをこらえながら、見つめ返していた。
「名乗るほどの者ではない。さらばじゃ!」
どもって、語尾が時代劇口調になってしまった。
両手を空に向けて、空に飛び立とうとした。けれど、私はバンザイしたまま直立していた。魔法少女は飛べないらしい。
仕方なく、全力で走り去った。
「待って!」
若王子君の声が背中から聞こえたが、私は足を止めることなく、路地の角を曲がった。
そこでチ~ンと、おばあちゃんの家にあった古い電子レンジの音みたいなのが鳴った。元の制服姿に戻っている。危機一髪。
「でかしたぞ、マジカストル=マサンドラ! 今日から君は、スーパーヒロインだ!」
「今日だけの約束よ。もういいでしょ。バイバイ」
ピアリン氏に返答した。
こうして、私のスーパーヒロインは終わ……るはずだった。
翌日、若王子君は普通に登校し、授業を受けていた。額に絆創膏を貼っているくらいで。私もいつもどおり存在感を消して、教室の片隅にいた。
ぷるるん!
昨日から知らぬ間に、右耳にピアスが装着されていたのだけれど、それがバイブした。 同時に、窓の外から雄たけびが聞こえた。
「ガオーッ!」
「何だ、あれ?」
生徒の一人が校庭を指差す。カニ怪人が体育の授業中の生徒たちを蹴散らしていた。
同時に教室のスピーカーから、校内放送が流れた。
「カニ怪人が現れました。至急、避難してください。それから魔法美少女戦士マジカストル=マサンドラは出動するように」
窓ガラスが大きく割れて、カニ怪人が飛び込んできた。悲鳴を上げながら、廊下へと逃げる生徒たち。
しかし、若王子君はカニ怪人は捕まえられてしまった。そのまま、再び校庭へと飛び下りる。
若王子君、今、助けるから!
私は急いでトイレに駆け込んだ。幸い、誰もいない。個室に入ると、叫んだ。
「メタモ!」
校庭に降り立つ私。今度は格好よく決めた。
「そこまでよ! 魔法美少女戦士マジカストル=マサンドラ、参上!」
自分で美少女を名乗るのは気恥ずかしい。カニ怪人に魔法のステッキを向けた。あ、攻撃を受けて、痛みを感じなきゃ。嫌だなあ。
私は仕方なく突撃し、カニ怪人の腕で思いきり吹っ飛ばされた。さあ、これで反撃開始だ。ステッキが剣に変わる。
すると、カニ怪人が震え始めた。振動で、カニの輪郭が何重にも見え、増殖し始めた。分身の術か!
だが、私は内心、ほくそ笑んだ。しょせん、カニの脳みそは、カニ味噌程度だ。若王子君を捕まえているカニ怪人が本物なのだ。
しかし、カニの分身たちの攻撃はきつかった。ハサミ攻撃で、コスチュームが切られていく。あちこちから素肌があらわになる。
気がつけば、校庭や校舎の窓から、多くの生徒たちがスマホで撮影している。このままだと、私のセンシティブな姿が公となって、別の意味でまずい。
私は吼えた。
「トク・サツ!」
決めゼリフとともに、剣から光の玉が発射され、カニの分身たちを撃ち倒していく。残るは本体のカニ怪人だけ。そのカニ怪人が右手のハサミで私を挟んできた。左手のハサミは若王子君が挟まれている。
私は魔法の剣で、カニの右手を切り落とした。捕らえられていた若王子君が解放される。そして、左手も切り飛ばした。ハサミは私のスカートをつかんでいたために、足元までずれ落ちてしまった。
「何すんのよ! ヘンタイ!」
私は光る剣先でカニ怪人を退治した。
さあ、急いで去らねば。ペンダントのピコピコタイマーも鳴っている。
「マジカストル=マサンドラさん、みんなを助けてくれて、ありがとう!」
若王子君が近づいてくる。
「このお礼をしたいんだけど……」
「礼には及ばぬ。さらばじゃ!」
私は破けたスカートをずり上げて腰に回し、全速力で走り出した。クソ! みんな、まだ私を撮影している。
どうにか校舎裏に退避し、チ~ンと、元の制服姿に戻った。その場にへたり込み、壁に寄りかかる。もう力尽きたので、ひと休みしよう。
「鈴木さん?」
びっくりして見返すと、若王子君がいた。
「マジカストル=マサンドラさん、見なかった?」
「あ、あれなら、空を飛んでった」
私が指差した空の彼方を、若王子君がキラキラした瞳で見つめ、つぶやいた。
「何て、素敵な人なんだ……」
若王子君の横顔のほうが、はるかに素敵だったよと、私も心の中でつぶやいた。
以来、私は毎日のようにマジカストル=マサンドラとして、戦うことになった。なぜなら連日、怪人たちが若王子君を狙って襲ってくるからだ。
イカ怪人、サメ怪人、カメ怪人、カバ怪人、ワニ怪人、カエル怪人、トカゲ怪人、ヘビ怪人、カラス怪人……。
その都度、私はトク・サツと叫びながら、光の剣で倒していった。毎回、痛い思いをするが、慣れてきたというか、刺激が痛気持ちいいのだ。あ、M体質とかじゃないから。何ていうか、渇を入れられているという感覚もあるし、やられたら何クソとやり返したくなって気合いが入るのだ。
何よりも、若王子君と一緒にいられるのだから。たった三分といえども。言葉を交わしたり、見つめ合ったり、手をつないだり。まさか、中の人が陰キャのクラスメートとは知らずに。ある時など、気絶した若王子君をお姫様抱っこ……王子様抱っこしてあげたこともあった。
その日は、チワワ怪人とブルドック怪人のコンビだった。二体同時というのは初だ。子犬どもと舐めていたら、これがかなりの強敵だった。
私はボコボコにやられたものの、若王子君の声援を受けて、どうにか倒した。ピコピコタイマーも鳴っているので、さあ立ち去ろう。
と思ったら、若王子君が私の手を放してくれない。
「マサンドラさん、僕と付き合ってください!」
ちょっと待って! 何で、こんな時に!
「いつもマサンドラさん、すぐいなくなっちゃうから! でも、今日はどうしても伝えたくて! 僕はあなたを崇拝します! あなたのためなら、どんなことでもします!」
「気持ちだけ受け取っておく。だが、私が愛するのは、地球のすべての人たちだ」
私は平静をよそおって答えた。
「嫌だ! 僕だけを愛してくれ!」
もう時間がない。私は振りほどこうとするが、若王子君は両手を握りしめたままだ。たとえ足が宙に浮いても、振り回されても。
チーン。
私は制服姿に戻ってしまった。ドミノマスクもない、素顔。
「え? 鈴木さん?」
若王子君は固まっていた。相変わらず、私の手首をつかんだまま。
「イヤーッ!」
私は若王子君を放り投げ、ダッシュで逃げ去った。後方から私を呼びかける声はなかった。
学校に行かないことにした。体調が悪いと告げると、お母さんは何も言わずに仕事に出かけていった。
私は一人、二階の自室のベッドで、ぬくぬくとしていた。このまま、明日もあさっても、こうしていよう。お父さんやお母さんが心配するなら登校だけして、保健室にでもいようか。とにかく、若王子君と顔を合わせることだけは避けたい。
「マサンドラ~、起きろ~」
ピアリン氏が部屋の片隅で、スマホゲームをしながら話しかけてきた。
「もう、その名前で呼ばないで」
「学校に行かなくてもいいから、戦って」
「嫌」
「若王子君の命がどうなってもいいの?」
「もういい」
正体がバレてしまったのだ。私のほうが死にたい。
ドアのチャイムが鳴った。当然、出ない。
コツコツコツ……。何だ?
バンバンバン! うわっ!
二階の窓の外に、若王子君が張りつき、ガラスを叩いていた。よじ登ってきたのか?
とにかく、ご近所さんにこんなところを見られたらまずいので、急いで若王子君を中に入れた。ピアリン氏はちゃんと消えてくれたみたいで、姿がない。
「こんな真似してごめん……」
私は顔をうつむいたままだった。すっぴん、髪ボサボサ、しわくちゃパジャマだったのだ。
「君に嫌な思いもさせたし」
「若王子君は悪くないよ。私のほうこそ、夢を壊しちゃったみたいで」
「いったん、昨日のことは後にして、これを見てほしいんだ」
若王子君は手のひらを見せてきた。そこに、キラキラ光る小さな石があった。
同時に、私の右耳のピアスがバイブした。これ、ただの石じゃない。
「前から、首の後ろにおできみたいなのができていたんだけど、鏡を見たら、これが皮膚にめり込んでいた」
私は立ち上がると、押し入れを開けた。ピアリン氏が膝を抱えて座っていた。若王子君が飛び上がった。
「誰っ?」
「リュミネル星人のピアリンさん」
私はピアリン氏をにらみつけた。
「この石、宇宙怪人のエサよね? 私、データベースで見かけたことがある」
ピアリン氏は目を合わそうとしない。
「それがどうして、若王子君の体に付着してたの? 説明して」
「……」
私は怒りがこみ上げ、手のひらをピアリン氏のほうへ突き出し、そのまま見えない何かを握るゼスチャーをした。ピアリン氏が首を押さえ始めた。
「痛いっ……痛、痛、痛タタタ……話すからやめて!」
ピアリン氏の説明によると、私との衝突事故で、変身エネルギーが転移してしまった。そんなことが母星の本部にバレたら、クビだ。
そこで地球パトロール及び怪人退治を、私に代わりにやってもらおうと企んだ。私が拒否したので、若王子君を利用したのだ。怪人に襲われれば、きっと変身して戦ってくれるだろうと。
若王子君の首に、怪人の好む鉱石を付着させた。だから、毎回毎回、若王子君ばかり狙われていたのだ。ちなみに、宇宙怪人もピアリン氏が仮で作った練習用だった。いざ、本物が現れた時のための予行演習。
「若王子君、こんなことに巻き込んでごめんね」
私は深く謝った。
「気にしないで。僕だって、マサンドラさんと毎回、会えるのが楽しみだったんだ」
若王子君は深呼吸し、姿勢を正した。
「だから改めて言うよ。鈴木さん、僕と付き合ってください」
「ちょっと待ったぁ!」
ピアリン氏が割って入った。
「君が好きなのは、魔法美少女戦士マジカストル=マサンドラであって、スズキマサコじゃない! 目を覚ませ!」
「鈴木さんがマサンドラで、マサンドラが鈴木さんに変わりはないだろ?」
「じゃあ、マサンドラじゃなくなったマサコでも愛せるのか?」
「もちろん!」
「無理だね」
「愛せる!」
「愛せない!」
私は怒声を上げた。
「いい加減にして!」
男二人が、シュンとなった。
「ピアリン、もう帰って! 宇宙へ帰って!」
「戻れないんだ。エネルギーは全部、マサコへ持っていかれたから」
「とにかく、私の前には二度と現れないで」
ピアリン氏と若王子君はおとなしく部屋から出ていき、去っていった。
すべてが終わった。もう寝よう。
だが、三十分も経たないうちに、若王子君が一人だけ舞い戻ってきた。まだ未練があるのか?
「大変だ! ピアリンさんがさらわれた!」
二人で歩いている最中、宇宙人の集団に捕まったという。リュミネル星人のパトロール隊だった。ピアリン氏の事故隠匿、宇宙戦士無断譲渡及び行使が発覚してしまったのだ。拘束されたピアリン氏は、母星へ連れ去られたら、即刻死刑に処されるとのことだった。
そんな……。でも、悪いのは私じゃない。私も巻き込まれただけなのだ。そうだけど……。
「鈴木さん、このままでいいのか? ピアリンさんがどうなってもいいのか?」
私は答えられなかった。
「もういい! 僕一人で助ける!」
若王子君は飛び出ていった。
ダメだよ。若王子君にそんなことはさせられない。これは、私の役目。こうなってしまったのは、私の宿命。
私はポーズを決めた。
「メタモ!」
変身した私は、ひと気のない河原に立っていた。そこにリュミネル星人の円盤が着地しており、ピアリン氏がヒトデ型の宇宙人たちによって連れ込まれそうになっていた。若王子君はもいたが、どうすることもできずに眺めているだけだった
「そこまでよ!」
私の声に、一同が視線を向けた。
「魔法美少女戦士マジカストル=マサンドラ、参上!」
「マサコ!」
「鈴木さん!」
ヒトデ宇宙人が進み出た。
「悪いが、ピアリンは連れ帰る。君たちには迷惑をかけた」
「ピアリンは大事な相棒。渡すわけにはいかない!」
私は若王子君の前に来た。
「私を殴って」
「女性にそんなこと……」
「いいから殴りなさい!」
若王子君が申し訳なそうに平手打ちをしてきた。
「グーで!」
グーパンチが私の頬に炸裂する。
「もっと強く!」
ボコッ! 痛いっ!
「トク・サツ!」
エネルギーが充満され、魔法の剣から光の玉を放った。ヒトデ型宇宙人が一斉に吹っ飛ばされた。
私はピアリン氏を奪い返した。ちょうどピコピコタイマーが鳴っている。無事に成功だ。
「鈴木さん、危ない!」
ヒトデ型宇宙人が手にした光線銃を私に向けて撃ってきた。だが、ピアリン氏がさっと私をかばい、銃弾に倒れた。
「ピアリン!」
揺さぶると、ピアリンは薄っすらと目を開けた。
「マサコのことが好きだった……ありがとう……」
「死なないで! 私のエネルギーをあげるから!」
「そのエネルギーは君だけのものだ……」
そこでピアリン氏の目は閉じられ、首がガクッと垂れた。
「絶対に死なせない!」
私の中にあるエネルギーを、ピアリン氏に口移しした。キスじゃない。人工呼吸みたいなものだ。
チーン。
私は元の姿に戻った。同時に、ピアリン氏が目を覚ました。
「君も俺のことが好きだったのか……」
「いや、嫌い」
ヒトデ型宇宙人たちが歩み寄ってきた。私は身構える。しかし、穏やかに告げられた。
「すまなかった。彼の身は君に任せる。地球のことは頼んだ」
彼らは円盤で去っていった。
こうして私は魔法美少女戦士マジカストル=マサンドラとして、地球を守ることになった。ピアリン氏をマネージャー役として。そして、若王子君も私のファンとして、推してくれている。二人の好意は嬉しいが、今の私にはやることがある。
右耳のピアスがバイブした。空を見上げた。今度こそ、本物の宇宙怪人たちが侵略しに来る。
さあ、戦うぞ、マサコ!
(了)
前方を歩いているのは、同じクラスの若王子翔平君。ちょうどサッカー部の練習を終えての帰宅時で、日もすっかり暮れていた。
若王子君は、学校で一番人気がある。勉強もスポーツも学年一。性格は明るく優しく爽やか、そしてイケメン。今は生徒会長の役員だけど、来年には会長に選ばれること間違いなし。でも、恋人がいないことは調査済みだ。
そんな若王子くんを、私は眺めているのが好きだ。手の届かない、声もかけられない存在だけれど。
そもそも私は陰キャ&コミュ障の極みである。見た目は地味で、名前からして、鈴木正子なのだ。ブサイク、スタイル悪い、勉強もスポーツもできない。性格も悪い。
さらに存在感がない。消したくて消えているわけではない。もはや透明人間だ。
趣味も将来の夢もない。そんな退屈な毎日の唯一の癒しが、若王子君だった。もう眺めているだけでいい。こうやって、遠くからでも。
「ハッ……」
私は我に返った。これではストーカーじゃないか。嫌だ。さすがにそこまで堕ちたくはない。
私は情けなくなって、今来た道を戻り始めた。家は反対方向だった。
なんか泣きたくなってきた。目が潤む。涙がこぼれないよう、空に目を向ける。流れ星を見つけた。キラキラ輝いて、綺麗だ。まぶしいくらい。どんどん大きくなっている。
あれ? 近づいている? 待って! 近い、近い、近い!
私は大きな光の玉に包まれた。
目を覚ました時、体が異様に軽かった。周囲は淡く白い世界。ああ、ここは天国かな?
「ようやく気づいたようだね」
見返すと、銀髪の端正な顔立ち、若干濃い目の男性が立っていた。古代エジプトだか、古代ギリシャっぽい、白布に包まれた衣装。背中には大きな羽根が生えている。
「天使さん、ですか?」
「宇宙人です」
リュミネル星からやってきた、ピアリンと名乗る碧眼の宇宙人は説明を始めた。
太陽系をパトロール中、地球に立ち寄ったところ、私と激突した。そのせいで、宇宙人ピアリン氏は、宇宙を守る正義の戦士へ変身できなくなってしまった。変身エネルギーが衝突の弾みで、私へと移ってしまったらしい。その変身エネルギーを取り戻したら、私の命がなくなってしまうとのことだった。
「そこで代わりに、鈴木正子、君が正義の戦士として戦ってもらう」
「誰と?」
「凶悪な宇宙怪人」
「お断りします」
「しかし、このままだと君の命は助からないぞ」
「構いません」
戦うなんて無理。痛いのはもっと無理。いい思い出なんてなかったし、これから先も、いいことなんてないだろう。お父さん、お母さん、先立つ不幸をお許しください。
「いいのか! 君の憧れの存在がどうなっても?」
空中にモニターのような枠が浮かび上がり、映像が流れ出した。そこには夜道を歩く、若王子君が姿があった。さらに、タコのような怪人が現れ、若王子君に襲いかかった。
「そんな、やめて!」
私は絶叫した。
「彼を助けたければ、マサコ、変身して、戦え!」
モニターの中の若王子君は、タコのあごひげから伸びる触手にからめとられて、身悶えしていた。
「分かった! でも、戦うのは一回だけよ!」
すると、ピアリン氏は画面を切り替えた。いろいろな衣装がショッピングサイトのように、一覧として掲載されている。
「無料オプションだ。どのコスチュームにする?」
コスプレか。
仮面をつけた銀色のピチピチ全身スーツタイプ、フルフェイスのサイボーグタイプ、とんがりハット付きホワイト系の魔法少女タイプ、プレートアーマーを装着した異世界勇者タイプ、布少なめのセパレート水着タイプ(何でこんなのがあるんだ?)、カラフルなくノ一タイプ、メイドカフェ店員タイプ……などなど、かなりの種類がある。
どれも顔や頭全部、あるいは顔の上半分、下半分が隠れるような使用になっていて、素顔はバレない気配りができていた。
「早く決めろ! 彼の命が危ない!」
触手に巻かれている若王子君が白目を剥いている。
私は仕方なく、魔法少女タイプを選んだ。戦闘には不向きかもしれないが、少しでも可愛らしくありたいという乙女心があったのだ。
「よ~し、名前はマサコだから、マジカルと合わせて、マジカストル=マサンドラ」
何それ?
「そして、変身の合言葉は、メタモだ!」
「メタボ?」
「違う!」
ピアリン氏は変身ポーズの振り付けを披露してきた。
「こうやるんだ! マジカストル=マサンドラ、さあ、一緒に!」
体をクネクネさせて、これが結構恥ずかしい。そして、最後は掛け声。
「メタモ!」
その瞬間、私の体が閃光した。
私は目元だけ隠したドミノマスクを装着し、魔法少女姿となって、マントを翻し、夜の路上に降り立っ……バランスを崩し、コケた。格好悪い。
目の前には、雁字搦めの若王子君とタコ怪人がいた。私の尻もちに気づいて、二人とも視線を向けてきた。
私は手にしているステッキを掲げた。これで魔法を駆使して、怪人を退治するのだ。しかし、振りかざしても、何も変化は起こらない。
「マジカストル=マサンドラ、刺激を受けろ」
ピアリン氏の声が、脳内に直接届いた。
「刺激?」
私も脳内で質問を返した。
「そうすれば、エネルギーが貯まる」
タコ怪人の触手が勢いよく、私に向かってきた。殴られた私は、背中を壁に打ちつけ、激痛が走った。
「エネルギーがチャージされたぞ」
ピアリン氏の声が脳に響く。
「痛ければ痛いほど、強い魔法を使える」
そんな! 痛いのなんて、嫌!
「あと、言うのを忘れていたけど、変身を維持できるのは、三分間だけだ。あ、もう、残り二分十五秒」
「何でそんなに短いの!」
「地球では、そういう決まりなんだろ?」
どういう決まりなの? 知らないよ!
再び触手が伸びてきて、私の体に巻きつけられる。私も若王子君も、このままでは絞めつけられて死んじゃう。若王子君と目が合う。助けなきゃ!
「く、苦しい……苦しいってば!」
私はもがきながら、両手を左右に大きく開いた。すると、触手が弾け飛んだ。馬鹿力を発揮する時だ。
「成敗!」
魔法のステッキが伸びて、光り輝く剣となった。私はタコ怪人の八本の触手を華麗な剣さばきで切り落としていった。若王子君が解放され、地面に転がる。
「トク・サツ!」
口から勝手に決めゼリフが出た。そして、剣先から光の玉が勢いよく放たれた。玉はタコ怪人に命中し、まばゆい光とともに消滅した。
ぐったりとアスファルトに倒れている若王子君に、私は急いで駆け寄った。
「若王子君!」
胸元に提げたペンダントが点滅し、ピコピコと警告音を鳴らす。ピアリン氏の声が響く。
「マジカストル=マサンドラ、残り三十秒を切ったぞ!」
私は立ち去ろうとした。
「君は誰?」
若王子君が痛みをこらえながら、見つめ返していた。
「名乗るほどの者ではない。さらばじゃ!」
どもって、語尾が時代劇口調になってしまった。
両手を空に向けて、空に飛び立とうとした。けれど、私はバンザイしたまま直立していた。魔法少女は飛べないらしい。
仕方なく、全力で走り去った。
「待って!」
若王子君の声が背中から聞こえたが、私は足を止めることなく、路地の角を曲がった。
そこでチ~ンと、おばあちゃんの家にあった古い電子レンジの音みたいなのが鳴った。元の制服姿に戻っている。危機一髪。
「でかしたぞ、マジカストル=マサンドラ! 今日から君は、スーパーヒロインだ!」
「今日だけの約束よ。もういいでしょ。バイバイ」
ピアリン氏に返答した。
こうして、私のスーパーヒロインは終わ……るはずだった。
翌日、若王子君は普通に登校し、授業を受けていた。額に絆創膏を貼っているくらいで。私もいつもどおり存在感を消して、教室の片隅にいた。
ぷるるん!
昨日から知らぬ間に、右耳にピアスが装着されていたのだけれど、それがバイブした。 同時に、窓の外から雄たけびが聞こえた。
「ガオーッ!」
「何だ、あれ?」
生徒の一人が校庭を指差す。カニ怪人が体育の授業中の生徒たちを蹴散らしていた。
同時に教室のスピーカーから、校内放送が流れた。
「カニ怪人が現れました。至急、避難してください。それから魔法美少女戦士マジカストル=マサンドラは出動するように」
窓ガラスが大きく割れて、カニ怪人が飛び込んできた。悲鳴を上げながら、廊下へと逃げる生徒たち。
しかし、若王子君はカニ怪人は捕まえられてしまった。そのまま、再び校庭へと飛び下りる。
若王子君、今、助けるから!
私は急いでトイレに駆け込んだ。幸い、誰もいない。個室に入ると、叫んだ。
「メタモ!」
校庭に降り立つ私。今度は格好よく決めた。
「そこまでよ! 魔法美少女戦士マジカストル=マサンドラ、参上!」
自分で美少女を名乗るのは気恥ずかしい。カニ怪人に魔法のステッキを向けた。あ、攻撃を受けて、痛みを感じなきゃ。嫌だなあ。
私は仕方なく突撃し、カニ怪人の腕で思いきり吹っ飛ばされた。さあ、これで反撃開始だ。ステッキが剣に変わる。
すると、カニ怪人が震え始めた。振動で、カニの輪郭が何重にも見え、増殖し始めた。分身の術か!
だが、私は内心、ほくそ笑んだ。しょせん、カニの脳みそは、カニ味噌程度だ。若王子君を捕まえているカニ怪人が本物なのだ。
しかし、カニの分身たちの攻撃はきつかった。ハサミ攻撃で、コスチュームが切られていく。あちこちから素肌があらわになる。
気がつけば、校庭や校舎の窓から、多くの生徒たちがスマホで撮影している。このままだと、私のセンシティブな姿が公となって、別の意味でまずい。
私は吼えた。
「トク・サツ!」
決めゼリフとともに、剣から光の玉が発射され、カニの分身たちを撃ち倒していく。残るは本体のカニ怪人だけ。そのカニ怪人が右手のハサミで私を挟んできた。左手のハサミは若王子君が挟まれている。
私は魔法の剣で、カニの右手を切り落とした。捕らえられていた若王子君が解放される。そして、左手も切り飛ばした。ハサミは私のスカートをつかんでいたために、足元までずれ落ちてしまった。
「何すんのよ! ヘンタイ!」
私は光る剣先でカニ怪人を退治した。
さあ、急いで去らねば。ペンダントのピコピコタイマーも鳴っている。
「マジカストル=マサンドラさん、みんなを助けてくれて、ありがとう!」
若王子君が近づいてくる。
「このお礼をしたいんだけど……」
「礼には及ばぬ。さらばじゃ!」
私は破けたスカートをずり上げて腰に回し、全速力で走り出した。クソ! みんな、まだ私を撮影している。
どうにか校舎裏に退避し、チ~ンと、元の制服姿に戻った。その場にへたり込み、壁に寄りかかる。もう力尽きたので、ひと休みしよう。
「鈴木さん?」
びっくりして見返すと、若王子君がいた。
「マジカストル=マサンドラさん、見なかった?」
「あ、あれなら、空を飛んでった」
私が指差した空の彼方を、若王子君がキラキラした瞳で見つめ、つぶやいた。
「何て、素敵な人なんだ……」
若王子君の横顔のほうが、はるかに素敵だったよと、私も心の中でつぶやいた。
以来、私は毎日のようにマジカストル=マサンドラとして、戦うことになった。なぜなら連日、怪人たちが若王子君を狙って襲ってくるからだ。
イカ怪人、サメ怪人、カメ怪人、カバ怪人、ワニ怪人、カエル怪人、トカゲ怪人、ヘビ怪人、カラス怪人……。
その都度、私はトク・サツと叫びながら、光の剣で倒していった。毎回、痛い思いをするが、慣れてきたというか、刺激が痛気持ちいいのだ。あ、M体質とかじゃないから。何ていうか、渇を入れられているという感覚もあるし、やられたら何クソとやり返したくなって気合いが入るのだ。
何よりも、若王子君と一緒にいられるのだから。たった三分といえども。言葉を交わしたり、見つめ合ったり、手をつないだり。まさか、中の人が陰キャのクラスメートとは知らずに。ある時など、気絶した若王子君をお姫様抱っこ……王子様抱っこしてあげたこともあった。
その日は、チワワ怪人とブルドック怪人のコンビだった。二体同時というのは初だ。子犬どもと舐めていたら、これがかなりの強敵だった。
私はボコボコにやられたものの、若王子君の声援を受けて、どうにか倒した。ピコピコタイマーも鳴っているので、さあ立ち去ろう。
と思ったら、若王子君が私の手を放してくれない。
「マサンドラさん、僕と付き合ってください!」
ちょっと待って! 何で、こんな時に!
「いつもマサンドラさん、すぐいなくなっちゃうから! でも、今日はどうしても伝えたくて! 僕はあなたを崇拝します! あなたのためなら、どんなことでもします!」
「気持ちだけ受け取っておく。だが、私が愛するのは、地球のすべての人たちだ」
私は平静をよそおって答えた。
「嫌だ! 僕だけを愛してくれ!」
もう時間がない。私は振りほどこうとするが、若王子君は両手を握りしめたままだ。たとえ足が宙に浮いても、振り回されても。
チーン。
私は制服姿に戻ってしまった。ドミノマスクもない、素顔。
「え? 鈴木さん?」
若王子君は固まっていた。相変わらず、私の手首をつかんだまま。
「イヤーッ!」
私は若王子君を放り投げ、ダッシュで逃げ去った。後方から私を呼びかける声はなかった。
学校に行かないことにした。体調が悪いと告げると、お母さんは何も言わずに仕事に出かけていった。
私は一人、二階の自室のベッドで、ぬくぬくとしていた。このまま、明日もあさっても、こうしていよう。お父さんやお母さんが心配するなら登校だけして、保健室にでもいようか。とにかく、若王子君と顔を合わせることだけは避けたい。
「マサンドラ~、起きろ~」
ピアリン氏が部屋の片隅で、スマホゲームをしながら話しかけてきた。
「もう、その名前で呼ばないで」
「学校に行かなくてもいいから、戦って」
「嫌」
「若王子君の命がどうなってもいいの?」
「もういい」
正体がバレてしまったのだ。私のほうが死にたい。
ドアのチャイムが鳴った。当然、出ない。
コツコツコツ……。何だ?
バンバンバン! うわっ!
二階の窓の外に、若王子君が張りつき、ガラスを叩いていた。よじ登ってきたのか?
とにかく、ご近所さんにこんなところを見られたらまずいので、急いで若王子君を中に入れた。ピアリン氏はちゃんと消えてくれたみたいで、姿がない。
「こんな真似してごめん……」
私は顔をうつむいたままだった。すっぴん、髪ボサボサ、しわくちゃパジャマだったのだ。
「君に嫌な思いもさせたし」
「若王子君は悪くないよ。私のほうこそ、夢を壊しちゃったみたいで」
「いったん、昨日のことは後にして、これを見てほしいんだ」
若王子君は手のひらを見せてきた。そこに、キラキラ光る小さな石があった。
同時に、私の右耳のピアスがバイブした。これ、ただの石じゃない。
「前から、首の後ろにおできみたいなのができていたんだけど、鏡を見たら、これが皮膚にめり込んでいた」
私は立ち上がると、押し入れを開けた。ピアリン氏が膝を抱えて座っていた。若王子君が飛び上がった。
「誰っ?」
「リュミネル星人のピアリンさん」
私はピアリン氏をにらみつけた。
「この石、宇宙怪人のエサよね? 私、データベースで見かけたことがある」
ピアリン氏は目を合わそうとしない。
「それがどうして、若王子君の体に付着してたの? 説明して」
「……」
私は怒りがこみ上げ、手のひらをピアリン氏のほうへ突き出し、そのまま見えない何かを握るゼスチャーをした。ピアリン氏が首を押さえ始めた。
「痛いっ……痛、痛、痛タタタ……話すからやめて!」
ピアリン氏の説明によると、私との衝突事故で、変身エネルギーが転移してしまった。そんなことが母星の本部にバレたら、クビだ。
そこで地球パトロール及び怪人退治を、私に代わりにやってもらおうと企んだ。私が拒否したので、若王子君を利用したのだ。怪人に襲われれば、きっと変身して戦ってくれるだろうと。
若王子君の首に、怪人の好む鉱石を付着させた。だから、毎回毎回、若王子君ばかり狙われていたのだ。ちなみに、宇宙怪人もピアリン氏が仮で作った練習用だった。いざ、本物が現れた時のための予行演習。
「若王子君、こんなことに巻き込んでごめんね」
私は深く謝った。
「気にしないで。僕だって、マサンドラさんと毎回、会えるのが楽しみだったんだ」
若王子君は深呼吸し、姿勢を正した。
「だから改めて言うよ。鈴木さん、僕と付き合ってください」
「ちょっと待ったぁ!」
ピアリン氏が割って入った。
「君が好きなのは、魔法美少女戦士マジカストル=マサンドラであって、スズキマサコじゃない! 目を覚ませ!」
「鈴木さんがマサンドラで、マサンドラが鈴木さんに変わりはないだろ?」
「じゃあ、マサンドラじゃなくなったマサコでも愛せるのか?」
「もちろん!」
「無理だね」
「愛せる!」
「愛せない!」
私は怒声を上げた。
「いい加減にして!」
男二人が、シュンとなった。
「ピアリン、もう帰って! 宇宙へ帰って!」
「戻れないんだ。エネルギーは全部、マサコへ持っていかれたから」
「とにかく、私の前には二度と現れないで」
ピアリン氏と若王子君はおとなしく部屋から出ていき、去っていった。
すべてが終わった。もう寝よう。
だが、三十分も経たないうちに、若王子君が一人だけ舞い戻ってきた。まだ未練があるのか?
「大変だ! ピアリンさんがさらわれた!」
二人で歩いている最中、宇宙人の集団に捕まったという。リュミネル星人のパトロール隊だった。ピアリン氏の事故隠匿、宇宙戦士無断譲渡及び行使が発覚してしまったのだ。拘束されたピアリン氏は、母星へ連れ去られたら、即刻死刑に処されるとのことだった。
そんな……。でも、悪いのは私じゃない。私も巻き込まれただけなのだ。そうだけど……。
「鈴木さん、このままでいいのか? ピアリンさんがどうなってもいいのか?」
私は答えられなかった。
「もういい! 僕一人で助ける!」
若王子君は飛び出ていった。
ダメだよ。若王子君にそんなことはさせられない。これは、私の役目。こうなってしまったのは、私の宿命。
私はポーズを決めた。
「メタモ!」
変身した私は、ひと気のない河原に立っていた。そこにリュミネル星人の円盤が着地しており、ピアリン氏がヒトデ型の宇宙人たちによって連れ込まれそうになっていた。若王子君はもいたが、どうすることもできずに眺めているだけだった
「そこまでよ!」
私の声に、一同が視線を向けた。
「魔法美少女戦士マジカストル=マサンドラ、参上!」
「マサコ!」
「鈴木さん!」
ヒトデ宇宙人が進み出た。
「悪いが、ピアリンは連れ帰る。君たちには迷惑をかけた」
「ピアリンは大事な相棒。渡すわけにはいかない!」
私は若王子君の前に来た。
「私を殴って」
「女性にそんなこと……」
「いいから殴りなさい!」
若王子君が申し訳なそうに平手打ちをしてきた。
「グーで!」
グーパンチが私の頬に炸裂する。
「もっと強く!」
ボコッ! 痛いっ!
「トク・サツ!」
エネルギーが充満され、魔法の剣から光の玉を放った。ヒトデ型宇宙人が一斉に吹っ飛ばされた。
私はピアリン氏を奪い返した。ちょうどピコピコタイマーが鳴っている。無事に成功だ。
「鈴木さん、危ない!」
ヒトデ型宇宙人が手にした光線銃を私に向けて撃ってきた。だが、ピアリン氏がさっと私をかばい、銃弾に倒れた。
「ピアリン!」
揺さぶると、ピアリンは薄っすらと目を開けた。
「マサコのことが好きだった……ありがとう……」
「死なないで! 私のエネルギーをあげるから!」
「そのエネルギーは君だけのものだ……」
そこでピアリン氏の目は閉じられ、首がガクッと垂れた。
「絶対に死なせない!」
私の中にあるエネルギーを、ピアリン氏に口移しした。キスじゃない。人工呼吸みたいなものだ。
チーン。
私は元の姿に戻った。同時に、ピアリン氏が目を覚ました。
「君も俺のことが好きだったのか……」
「いや、嫌い」
ヒトデ型宇宙人たちが歩み寄ってきた。私は身構える。しかし、穏やかに告げられた。
「すまなかった。彼の身は君に任せる。地球のことは頼んだ」
彼らは円盤で去っていった。
こうして私は魔法美少女戦士マジカストル=マサンドラとして、地球を守ることになった。ピアリン氏をマネージャー役として。そして、若王子君も私のファンとして、推してくれている。二人の好意は嬉しいが、今の私にはやることがある。
右耳のピアスがバイブした。空を見上げた。今度こそ、本物の宇宙怪人たちが侵略しに来る。
さあ、戦うぞ、マサコ!
(了)