男が家事をしてなにが悪い!
男が家事をしてなにが悪い!
川瀬匠海十六歳。高校一年生。
高校に入ってすぐに彼女ができて、その後夏休み直前にフラれた。
理由が全然意味わかんなくて、フラれて一ヶ月経つ今だってちっとも納得できてない。
『たっくん、料理上手なんだね。……上手すぎて引く』
そんなの当たり前だろうが。
高校入学と同時に料理屋でバイトを始めてるんだぞ。
手際だってよくなったし、飲食店だから衛生にも気を遣う。
掃除洗濯スキルも一緒に上がり、その結果フラれた。
そもそも、バイトを始める前から最低限の家事はできた。親が共働きだから妹共々、小さい頃から叩き込まれた。
でもってこれが決定打で、俺が中学二年生の時にじいちゃんが倒れた。
それも両家同時に。
両親は介護だなんだで奔走し、家には俺と当時小学三年生の妹、美海が残された。
美海だって最低限のことはできる。けど、料理がまだほとんどできない。火を使うのは十歳になってからの約束だったし、電子レンジにもギリギリ扉に手が届くくらいの身長で危なっかしい。
そうなったら、美海に飯を出すのは俺しかいないわけで。
***
「ごめん」
「ううん。おいしいよ、お兄ちゃん」
最初は握り飯すらまともに握れなかった。
ぼろぼろに崩れたごはんを美海は箸でちまちま食べていた。塩だって振ってない、梅干しを半分入れただけの、崩れたごはん。
味噌汁を作ることすら思いつかなかったし、とりあえずごはんと漬物。あと生で食べられる野菜をちぎったサラダ。
そんなしょぼい飯なのに、美海は文句一つ言わずに、
「お兄ちゃんが作ってくれるの、おいしいよ」
そう言って食べ続けた。
「いや、ダメだろ。兄貴としてダメだろ」
元からチビっこかった美海が、クラスで一番小さくなったと聞いて俺は愕然とした。
「美海ちゃん、最近給食おかわりしてるんだよ。ちょっと前に、背の順抜かれちゃったから」
それを言ったは、隣の家に住む美海の幼なじみ、佐々木夜だった。
夜の家のかーちゃんはうちの母親の幼なじみだとかで、たまに様子を見に来てくれる。
おかずを作っておいてくれたり、美海が洗濯するのを一緒にやってくれたり。
そんなんだから、夜も美海を心配してそう教えてくれた。
俺のせいだ。俺がちゃんとした飯を美海に食わせてないせいで、美海は友達から心配されたり、気遣われる子供になってしまった!
そのことがとにかくショックだった。
だから俺は少なくとも美海が腹一杯になれるよう、飯を用意することにしたのだ。
「今日はいっぱいだね」
「おう、好きなだけ食え」
まずはカレーを作った。ルウの箱の裏を見て、書いてあるよりめちゃくちゃ時間がかかったけど、それなりにマシなカレーができた。
それから味噌汁とかの汁物を作ることにした。とりあえず野菜や肉を煮て味噌を入れればそれっぽい味になるはず。
……ならなかった。夜のかーちゃんに出汁のことを教わった。家にちゃんと粉の出汁の素があった。でもって、出汁の素を使えば、味噌汁以外の汁物や煮物もそれっぽい味にできると気づいた。
次は魚を焼いた。魚焼きグリルに入れて火をつけとけば、少なくとも生ではない魚が食える。最初は黒焦げになったり、半生だったりしたけど、何度かやってるうちに食べられるものができるようになった。
「このお魚おいしいね」
「まだあるから、好きなだけ食え」
そうやって俺はレパートリーを増やした。
母親から、初心者向けの料理の本がある場所を聞き出して読み込んだりもした。
美海は毎日毎日、なにを出してもうまいと言う。それでも、ちょっとでもマシなものを出そうと頑張った。
「お兄ちゃん、ごめんね」
ある日の晩、美海がぽつりとつぶやいた。
「なにが?」
美海は空になった茶碗を見つめて、しょんぼりしていた。
「ごはん作るの、ぜんぶお兄ちゃんで。私が料理できないから」
「その分、掃除も洗濯もお前がしてるだろ。役割分担だ」
けれど美海は、目に涙を浮かべてぼそぼそと続ける。
「お母さんが家事の中でごはん作るのが一番大変って言ってた」
「それ、母さんが料理嫌いなだけだから! 俺は別に嫌いじゃない。だからお前は気にしないで食え。作らない分、ごはんの後に皿洗ってくれたら、それでいいから」
まだしょんぼりした顔の妹は小さく頷く。明日からは美海にも少し手伝わせようか。
***
それから数年。彼女にフラれたけど、それはそれ。
シスコンと言われようがなんだろうが、俺は相変わらずフライパンを振るっていた。
「お兄ちゃん、今日のごはんもおいしいね」
そう言って飯を食う相手がいるのに、止める必要なんかないだろうが。
高校に入ってすぐに彼女ができて、その後夏休み直前にフラれた。
理由が全然意味わかんなくて、フラれて一ヶ月経つ今だってちっとも納得できてない。
『たっくん、料理上手なんだね。……上手すぎて引く』
そんなの当たり前だろうが。
高校入学と同時に料理屋でバイトを始めてるんだぞ。
手際だってよくなったし、飲食店だから衛生にも気を遣う。
掃除洗濯スキルも一緒に上がり、その結果フラれた。
そもそも、バイトを始める前から最低限の家事はできた。親が共働きだから妹共々、小さい頃から叩き込まれた。
でもってこれが決定打で、俺が中学二年生の時にじいちゃんが倒れた。
それも両家同時に。
両親は介護だなんだで奔走し、家には俺と当時小学三年生の妹、美海が残された。
美海だって最低限のことはできる。けど、料理がまだほとんどできない。火を使うのは十歳になってからの約束だったし、電子レンジにもギリギリ扉に手が届くくらいの身長で危なっかしい。
そうなったら、美海に飯を出すのは俺しかいないわけで。
***
「ごめん」
「ううん。おいしいよ、お兄ちゃん」
最初は握り飯すらまともに握れなかった。
ぼろぼろに崩れたごはんを美海は箸でちまちま食べていた。塩だって振ってない、梅干しを半分入れただけの、崩れたごはん。
味噌汁を作ることすら思いつかなかったし、とりあえずごはんと漬物。あと生で食べられる野菜をちぎったサラダ。
そんなしょぼい飯なのに、美海は文句一つ言わずに、
「お兄ちゃんが作ってくれるの、おいしいよ」
そう言って食べ続けた。
「いや、ダメだろ。兄貴としてダメだろ」
元からチビっこかった美海が、クラスで一番小さくなったと聞いて俺は愕然とした。
「美海ちゃん、最近給食おかわりしてるんだよ。ちょっと前に、背の順抜かれちゃったから」
それを言ったは、隣の家に住む美海の幼なじみ、佐々木夜だった。
夜の家のかーちゃんはうちの母親の幼なじみだとかで、たまに様子を見に来てくれる。
おかずを作っておいてくれたり、美海が洗濯するのを一緒にやってくれたり。
そんなんだから、夜も美海を心配してそう教えてくれた。
俺のせいだ。俺がちゃんとした飯を美海に食わせてないせいで、美海は友達から心配されたり、気遣われる子供になってしまった!
そのことがとにかくショックだった。
だから俺は少なくとも美海が腹一杯になれるよう、飯を用意することにしたのだ。
「今日はいっぱいだね」
「おう、好きなだけ食え」
まずはカレーを作った。ルウの箱の裏を見て、書いてあるよりめちゃくちゃ時間がかかったけど、それなりにマシなカレーができた。
それから味噌汁とかの汁物を作ることにした。とりあえず野菜や肉を煮て味噌を入れればそれっぽい味になるはず。
……ならなかった。夜のかーちゃんに出汁のことを教わった。家にちゃんと粉の出汁の素があった。でもって、出汁の素を使えば、味噌汁以外の汁物や煮物もそれっぽい味にできると気づいた。
次は魚を焼いた。魚焼きグリルに入れて火をつけとけば、少なくとも生ではない魚が食える。最初は黒焦げになったり、半生だったりしたけど、何度かやってるうちに食べられるものができるようになった。
「このお魚おいしいね」
「まだあるから、好きなだけ食え」
そうやって俺はレパートリーを増やした。
母親から、初心者向けの料理の本がある場所を聞き出して読み込んだりもした。
美海は毎日毎日、なにを出してもうまいと言う。それでも、ちょっとでもマシなものを出そうと頑張った。
「お兄ちゃん、ごめんね」
ある日の晩、美海がぽつりとつぶやいた。
「なにが?」
美海は空になった茶碗を見つめて、しょんぼりしていた。
「ごはん作るの、ぜんぶお兄ちゃんで。私が料理できないから」
「その分、掃除も洗濯もお前がしてるだろ。役割分担だ」
けれど美海は、目に涙を浮かべてぼそぼそと続ける。
「お母さんが家事の中でごはん作るのが一番大変って言ってた」
「それ、母さんが料理嫌いなだけだから! 俺は別に嫌いじゃない。だからお前は気にしないで食え。作らない分、ごはんの後に皿洗ってくれたら、それでいいから」
まだしょんぼりした顔の妹は小さく頷く。明日からは美海にも少し手伝わせようか。
***
それから数年。彼女にフラれたけど、それはそれ。
シスコンと言われようがなんだろうが、俺は相変わらずフライパンを振るっていた。
「お兄ちゃん、今日のごはんもおいしいね」
そう言って飯を食う相手がいるのに、止める必要なんかないだろうが。


