幼馴染のち恋模様
夕方になると、部署内は少しだけ騒がしくなる。
電話の声、キーボードを叩く音、コピー機の低い機械音。その全部が今日の葵には遠く感じられた。
パソコンの画面には仮タイトルだけが残っている。
『霜月駅前開発プロジェクト、始動』
カーソルが点滅を繰り返す。
「・・・始動、って」
葵は小さく呟いてタイトルを消した。
会議の光景が思い出される。慎重な言葉、曖昧な結論、そして梗介の声・・・。
『主役は”場所”そのものです』
その言葉がどうしても頭から離れなかった。
葵はメモ帳を開く。会議中に走り書きした文字が雑に並ぶ。
・雨の日、立ち止まる場所
・滞留、安全管理、清掃コスト
・公共性と採算性のバランス
どれも記事として成り立つものだ。だけど、何かが足りない・・・。
「これじゃ、ただの説明だ・・・」
葵は背もたれに体を預け天井を見上げた。
読者は”駅前が便利になります”と言うだけの記事を本当に読みたいのだろうか?
頭を切り替えようと、休憩スペースに行ってコーヒーを入れる。コーヒーのほろ苦さを感じながら窓の外に目を向ける。窓の外では人の流れが途切れない。
仕事帰りの人、買い物袋を下げた人、誰かを待っている人・・・。
今日は雨が降りそうな重たい雲が空を満たしている。もし今日みたいな天気だったら。もし、あの場所に屋根があって座れる場所があったら。
きっと誰かは少しだけ足を止める。
「そっか・・・」
これは建物の記事じゃない。人の記事だ。
葵はすぐにデスクに戻り、パソコンに向かう。新しいフォルダを開いて、タイトルを打ち込む。
『通り道に、立ち止まる理由を___』
胸の奥が少し軽くなる。
これは梗介の言葉でもあり、葵の想いでもあった。
幼馴染としても、編集者としても、彼女としても・・・梗介の仕事を信じたい。
一緒に戦うんだ____。