キミの感情

英太はこちらを振り向きながら腹をかかえて笑っている。

「あ、の……英太? さっきの、冗談なの?」

「ふふっ、まさか本当だよ。明日お通夜だから実家帰るわ……てか、マスクしとかなきゃバレそう……あはははっ」

ひとしきり笑い終えると、英太は私の手を取った。


「僕は花音と一緒なんだよ」

その言葉にようやく私がなぜ英太に心をゆるし、惹かれたのかわかった気がした。

「僕には喜怒哀楽の『哀』がないんだ。花音が持ってないのは『怒』だよね?」

「知っ……てたの?」

「うん。偶然、見ちゃったんだよね。花音が女の子に罵声をあびせられながら、突き飛ばされたとこ。(うずくま)ってた花音を助けに行こうとしたら、大声で笑ってたのが印象的でさ」

璃子から彼氏を取られたと言いがかりをつけられて、階段から転落したのだが、璃子が怒れば怒るほどに可笑しくてたまらなかった。まさか誰かに見られているとは思わなかった。

「あとさ、哲学の講義一緒なんだよ」

「えっ、知らなかった」

「だよね。あの講義すごく人多いからさ。でね、僕は花音が美咲とかいう子と大学前のカフェに出入りしてるのを見て、バイト始めたんだよ。もっと花音のことが知りたくてさ」 

こういう時、普通の人ならどんな感情を抱くのだろうか。

「花音? どうしたの? びっくりしすぎて声でない?」

英太が笑顔を浮かべたままこちらを覗き込む。私はすぐに顔を振った。

「……嬉しい」

生きてきて、いまこの瞬間がたまらなく愛おしくて心を揺さぶられる。持ってない感情のことをずっと羨んでばかりだった。
まさか同じように持ってない人と巡り会えるなんて奇跡としか言いようがない。

「僕もだよ。いつか……お互い『持ってないモノ』を補い合えるといいよね」

見上げれば英太が優しく微笑んで、私をぎゅっと抱きしめた。
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