傘の魔法使い
出会い
「おかあさーん!今日傘いるー??」
「今日は降らないって、お天気お姉さんが言ってたわよ」
「わかった!ありがとう!いってきまーす!!」
私の名前は松本晴花。
地元の高校に通う高校2年生、16歳。
「はるかー!おはよ!!」
そう言って私の横に並んだのは親友の凛(りん)
ソフトボール部に所属しているボーイッシュな女の子
中1の時に出会って、同じ高校に進学した幼馴染だ
「あれ、りん、傘」
「お母さんに持っていけって言われたよ?」
「うっそ、私要らないって言われたんだけど」
「チャンネルによるのかな?笑」
「えー!笑」
帰るまでは絶対に降りませんように、と願いながら席に座った。
(うっわぁ、、雨降ってきた)
5時間目の授業中、ふと窓の外を見つめると大粒の雨が降り出していた
(お母さんいらないって言ってたのに...)
「おーい、 松本、集中しろ」
ぼーっと外を見つめていると先生に注意された
「これ前で解いてくれ」
(さいっ、あく)
ついでに数学の問題もあてられてしまった。
雨なら部活も休みだろうし、凛に入れてもらおうと思いながら席を立つ
ーキーンコーンカーンコーン
「えー!!部活あるの!」
「ごめん!ミーティングするらしいわ」
「入れてもらおうと思ったのにー、」
「ごめんごめん、、って持ってこないのが悪いじゃん!笑」
「めんもくなーい、」
「どうするの?」
「んー、走る!駅まですぐだし大丈夫」
と言ってグッドサインをつくってみた
「りんちゃーん!いこー!」
「わかった!ごめんね、はる。ほんと気をつけて」
「いいのいいの、がんばってね〜」
下駄箱で靴を履き替え、改めて外を見たけれど願いも虚しく、外はざーざーぶり。
よしっと覚悟を決めて一歩目を踏み出した
・・はずだった
「え、?」
濡れない、と思って上を見上げると
傘
・・・?
「濡れると、かぜひくよ?」
その傘を差し出していたのは背の高い男の人
「えーっと、、」
戸惑っていると、にこっと笑って反対の手が差し出される
「もう一本あるから」
と言って私に傘を握らせて、前を歩き出した
「ちょ、ちょっとまって!」
ん?という顔をして振り返るから
「これ、返さないと、名前教えてください」
あ、そっかみたいな顔をした彼はほんのちょっとだけ私に近づいて
「3ー1の雨(あま)」
「あまさん。わかりました、明日、返します」
「急がなくていいよ」
そう言ってから、ひとつにこっと笑い去っていく。
その後ろ姿を呆然と見つめ
(あんなひと、先輩に居たっけ・・・)
でもどこかで見たことあるような気がして、首をひねる
結局家に帰っても思い出せなかった
翌日、教室に入ると凛がまっさきにそばにやってきた
「おはよ、昨日大丈夫だった?」
「おはよ、凛。うん、傘貸してくれる人がいたの」
「そっか!!よかった!」
「ごめんね、心配かけて」
「いいのいいの、こっちこそごめんね」
そういえば、と思い昨日自分だけでは解決出来なかったことを思い出した
「あ、そうだ。ねぇりん、」
「んー?」
「うちの学校、3年生に雨って人いる、?」
「えー、雨?名字が?」
「うん」
「聞いたことないね」
「だよねー、」
うちの学年はひと学年300人ほど大所帯の学校なので、もちろん会ったことのない先輩がたくさんいる。
だけど
「なんか、見たことある気がするんだよね…」
「はるがそこまで言うのは珍しいね。傘はその人が貸してくれたの?」
「そうそう、2本持ってるからって。でも普通2本も持ってる?大きいのだよ?」
「まあ普通はないよね」
「そうだよね、」
「あ、置き忘れてたとか?」
「そっか、それならあるね...どこで見たんだろう」
「むずかしいね・・」
二人でうーんと悩んでいると授業の始まりのチャイムがなる
「また後でかんがえよ!」
「うん、ありがとう」
凛が席に戻るのを見ながらため息を付く
「あめ、」
よく考えると名字なのか、名前なのかすら分からない。
ふわふわと考え事をしているとすぐに授業時間の終わりを知らせるチャイムがなる
すぐに3年生の教室に行き、窓際にいた人に声をかける
「すみません、雨先輩っていますか?」
「ん?2年?雨?あー・・」
なにか考える素振りをして隣の子を見ると首を振っている
「どうしたの?」
そこに現れたのは
「おぉ、朝陽。この子が雨探してるって」
高校3年生の本条朝陽先輩。この先輩のフルネームを知っているのはちょっとしたわけがある。
「雨を?珍しいね」
そういって大きな目で見つめられるけれど、3人がなにを言いたいのかわからなくて少しいらいらした
「あの、返したいものがあるのでどこにいるのか教えてください」
そう言うと本条先輩は驚いた顔をして
「屋上にいるよ」
「ありがとうございます」
入学して2年が経つけど、屋上にはまだ立ち入ったことがない。
少しだけドキドキしながら西館3階の奥にある階段を上がった先にある古びたドアを開けると、そこは広場のようになっていた
「すご、」
ぐるっと一瞬周りを見てみると端っこの方でフェンスにもたれて景色を眺めている雨さんがいた
「あ、」
ほんの少しだけ見えた横顔がとても切なくて、声をかけるのに戸惑った。
近くまでよっていき横顔を見上げる
すると
「!!」
くるっとこちらを向いた雨先輩が声を出さずに驚いた
「あっ!ごめんなさい、」
「びっくりしたー、、あ!昨日の」
「はい、本当にありがとうございました。無事帰れました」
「よかった、わざわざありがとう」
「いえ、」
用も済んだことだし失礼しますといってその場を離れようとした時
「・・名前は?なんていうの?」
「え、あ、・・工藤、晴花です。2年の」
「いい名前だね、俺と正反対だ、」
「正反対?」
「うん、だって雨と晴、でしょ?」
「たし、かに」
ふふと笑うとまた同じ方向を見つめているから隣に並んで、同じように見上げてみる
「なんか、見えますか?」
「見えるよー、ほらあの雲ドーナツみたい」
「ドーナツ、」
たまにあれは?なんて言って話していると意外と時間が経っていた
「あ、、時間、、あの友達待ってるからそろそろ行きます」
「うん、またね」
ひらひらと手を振ってくれた先輩は、もうすぐ授業がはじまるはずなのになぜかその場を動かないようだった
教室に帰ると凛がほっぺたを膨らませて待っていた
「ごめんごめん!」
「もー、遅い!待ちくたびれて先食べたよ」
「ほんとごめんね、」
「傘、返せた?」
「うん。本条先輩が屋上にいるって教えてくれて」
「えー、あの本条朝陽が?」
どうして私たちが本条先輩のことを知っているか、というと原因はそのお顔にある。
入学当時から現実離れしたルックスの良さで噂になっていて、裏ではファンクラブなんかも出来ているそう。
他校の同い年の可愛い子やら、年上のお姉さんぽい人やら彼女の噂も絶えない人だ。
「そう、あの本条朝陽が」
恋愛とかにまーったく興味がない私でも名前と顔を知っているくらい有名
「たぶんさ、たまーに本条先輩が一緒に歩いてたんだよね雨先輩と。それで見たことあったんだと思う」
「そういうことね?それなら私もあるかも。ちょっと気だるそうな感じの」
「そうそう」
ずっと抱えていたもやもやした気持ちが晴れた私たちの顔はすごくすっきりしていた
それから数日経ったとある日の放課後
りんと最近出来た新しいカフェに行く約束をしていて、部活が終わるのを待っている。
課題も終わり、窓から見えた夕焼けがとても綺麗で屋上に向かった。
ドアを開けるととそこには雨先輩、それからその奥に
「あ、この子?」
「ん?あ、久しぶりだね」
「お久しぶりです」
「こちら2年のはるかちゃん」
「本条っていいます。よろしくね」
「あ、よろしくおねがいします。工藤晴香です」
本条先輩に向かってぺこっとお辞儀をしていると、雨先輩はぐーっと空に手を伸ばした
「すごくきれいだね、夕焼け」
「夕焼けきれいだなと思ってつい上がってきちゃいました。お二人は?」
「僕らは放課後ここでおしゃべりするのが日課なの。ね、あさひ」
「そうだね。」
「はれちゃんは?誰か待ってたの?」
名前はよく間違えられる
「あれ、はるかちゃんでしょ?」
「あ、はい、晴香です」
「ええ、かわいいでしょ。はれ」
「まあなんでも大丈夫ですけど、」
くすくすと笑った本条先輩
その後何組だ、あの雲はドーナツみたいだ、なんて話をしながら
あれ以来学校にいらっしゃらないからほんとはうちの学校の人じゃなかったのかもとか思ったんですよと話せば、本条先輩は大笑い、雨先輩もあちゃ~という顔をしていた
携帯が鳴り部活終わったよーとりんから連絡が来る
「友達の部活終わったみたいなんで、帰ります」
「またいつでも来てね」
「はい、ありがとうございます」
雨先輩はそうはいったものの、先輩と会う機会はそんなに多くなくて
次に出会った場所は意外なところだった
「ほーんとーにやりたくなーい」
「はる、いい加減腹くくりなって。笑」
「私がどれだけバレー嫌いか、凛が一番知ってるでしょ?」
「知ってるけどさ、仕方ないじゃん?」
ある日の体育の時間、バレーの授業
どーしても球技が苦手な私はやりたくないと駄々をこねていた
「おーい松本ー、早くコート入れー」
「はーい・・」
「怪我しないようにね」
中止にならないかな、なんて願いも虚しくあっさりコートに入れられ
あれよあれよという間に試合が始まってしまった
笛が鳴って、ボールがふわっと上がる。
私は一歩遅れて構えたけど、どこにボールが来るのか全然わからない。
「松本、レシーブ!」
え、今!?
慌てて腕を出した瞬間、ボールは私の指先をかすめて床へ落ちた。
「ごめん!!」
次のラリー。今度こそと思ったのに、トスは思ったより高くて、ジャンプも空振り。
ボールはネットにも届かず、コートに転がった。
周りの動きに置いていかれながら、私はまた一人、遅れて走っていた。
「はる!!よけて!!!」
ばしっ
「いったーーー!!」
凛の大きな声を聞いて振り返ったときには、時すでに遅し。
相手チームから帰ってきた剛速球が頭に直撃していた
「ストップー、松本大丈夫か!」
「いててて・・星、星回ってます」
「念の為保健室行ったほうが良いわ、先生!松本さん保健室連れていきます」
「頼んだ!」
「たてる?」
りんに支えられて保健室に向かう
「ほーんとにどんくさいんだから」
「面目ない」
「勢いすごかったから、念の為ね。」
こんこん
「はーい」
「失礼します、」
私が靴を脱ごうともたもたしている間に凛が状況を説明してくれる。
保健室の優しいおばあちゃん先生が中に入れてくれた
「私、先に戻ってるからね」
「うん、ありがとう」
そう言って出ていった凛の姿を見ていると、先生がやってきて保冷剤をくれる
「ちょっと冷やして、頭は怖いからこの時間の終わりまでそこのベッドで少し休んでてね」
「わかりました」
初めて座る保健室のベッドに感動していると、横並びになっている隣のベッドにはカーテンがかけられている。
言われた通りベッドに寝転がっていると、隣のカーテンが少しだけあいた。
「あ、はれちゃんだ」
「・・あ!」
「しーっ、笑」
「すみません、お久しぶりです」
「うん、久しぶり。こんなところで会うなんてね」
「そうですね、笑」
「さっき松本って聞こえたからもしかしてと思ったの。体育中?」
「はい、ちょっと飛んできたボールが頭に」
「もしかして、はれちゃん体育苦手?」
「あー、はい」
くすくすと笑われるから、むっと拗ねてみればごめんごめんと謝られる
「っていうか、はれちゃんって」
生まれて15年、誰にも呼ばれたことのないあだ名に思わず突っ込んでしまった
「だめー?だって晴れでしょ?すごく素敵」
「だめではないですけど、呼ばれたことないんで」
「そうなの?」
「ないですね」
ただ寝ているだけだと暇な時間だったけど、横で色々な話をしてくれたおかげですごく楽しい時間に。
「ここで会えたのもなにかの縁だし、よかったらここにおいで」
といって差し出されたのは小さな錆びた鍵
「これ、って」
ちいさく笑った先輩は「じゃあね」といって保健室を出ていってしまった

