泡沫少女は愛を知らなかった。
彼女は、自分の感情に触れる術を知らないまま育った。

喜び、悲しみ、寂しさ、安心。

それらは教科書に載っている言葉のように、意味としては理解できたが、実感としてはどこか他人事だった。

胸の奥に何かが沈んでいる気はするのに、それが何なのかを指さす言葉が見つからない。

両親はいた。

欠けたものはなく、生活は整っていた。朝は決まった時間に起き、夜は同じ食卓を囲み、必要な会話は交わされる。

けれど、彼女の記憶の中に「触れられた感触」はほとんど存在しない。

抱きしめられた記憶も、頭を撫でられた記憶も、叱責とともに投げつけられた感情もない。

そこにあったのは、「侵さない」という沈黙のルールだった。

互いの領域に踏み込まないこと。

必要以上に期待しないこと。

感情は、波立たせなければ問題にならない。

人と人のあいだに流れるはずの、目に見えない温度。

それは、彼女の人生に一度も差し込んだことのない、未知の概念だった。

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