これはもはや事故です!
 言い訳を探すより先に、磯崎の手が、美羽の手にそっと触れた。
 無理に握らない。
 ただ、重ねるだけ。

 美羽の心臓は大きく跳ねる。

「何か、言いたいことがあるのか?」

 磯崎の艶のある声が耳元で聞こえる。

「……ごめんなさい」

「謝らなくていい。焦らなくても大丈夫だから」

 磯崎は一度、深く息を吸った。

「ちゃんと聞く。どうしたい?」

 視線が絡む。
 逃げ道は、ちゃんと残されている。
 それがわかるからこそ、美羽は逃げなかった。

「私……磯崎さんと……離れたくない、って思いました」

 言ってしまった瞬間、顔が熱くなる。
 沈黙の時間がじれったい。
 それから、磯崎がゆっくりと距離を詰めた。
 額が触れるほど近くで、止まる。

「……美羽さん」

 囁くような声。

「後悔しない?」

「……はい、私……磯崎さんが……好き……」

 美羽の息が、震える。
 次の瞬間、そっと、唇に温度が触れた。
 深くも、強くもない。
 確かめるみたいな、やさしいキス。
 美羽は目を閉じた。
 心臓は、痛いほど早く動くけれど、逃げなかった。
 それが、答えだった。
 磯崎の手が、背中に回る。
 抱き寄せられて、世界が静かになる。
 言葉は、もう要らなかった。

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