これはもはや事故です!
  ベッドに座る美羽の足元に磯崎は腰を下ろした。

「足、まだ痛むか?」

「ときどき……」  

 狭いワンルーム。  
 触れそうで、触れない距離。
 それでも、さっきより近い。
 足元に座る磯崎の、普段見えない旋毛(つむじ)が見える。

「……今も痛む?」

「いえ……今は大丈夫です」

 少しだけ胸が苦しい。
 でも、それは不安じゃない。
 慣れていない安心のせいだった。

 窓の外では、遠くを走る車の音。
 部屋の中には、静かな呼吸と、柔らかな沈黙。

「……こうして話してると、落ち着くな」

 磯崎が、ぽつりと言った。

(……ずるい)

 そう思ったのに、胸の奥は、じんわり温かい。

「磯崎さん……」

「ん?」

「来てくれて、ありがとうございます」

「俺も……美羽さんの顔が見れて安心した」

「私、本当は心細くて……落ち込んでいたんです」

「そうか」

 磯崎の短い返事。
 次の言葉を待ってくれている。

「だから……磯崎さんが来てくれて、うれしかった」

 安心したせいか、まぶたが、少しずつ重くなる。

「……すみません……なんだか……」

 言葉の途中で、意識が揺れた。

「どうした?」

 磯崎が振り返った、瞬間。
 美羽の身体が、ふらりと傾く。

 とん。

 磯崎の肩に、そっと触れた。

 驚いたように一瞬だけ磯崎の身体が強張る。
 でも、彼は動かなかった。

 呼吸を整え、ゆっくりと、美羽の重さを受け止める。

(……寝た、か)

 美羽の寝息は、浅くて、少し不安定。
 それでも、表情は穏やかだった。

 磯崎は、肩を動かさないまま、天井を見上げる。

(……意地を張って、戻ったくせに……それでも、こうして俺に心を許してくれた)

 胸の奥が、静かに痛む。

(……少しずつ、受け入れてくれてる)

 そっと、手を伸ばし、美羽の落ちてきそうな指先を、軽く包む。

 握らない。
 絡めない。
 ただ、そこにあることを伝えただけだった。


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