神系御曹司の初恋は難攻不落 〜「お前じゃない」と言われ続けて十余年〜
第十八章:新婚旅行と鉄の掟、そして「盾」としての覚悟
偽装結婚から数日後。
拓真は、次なる「策」を講じた。
それは、片桐グループの保養地にある避暑地への
「新婚旅行」――という名目の、完全な囲い込みだった。
「いいか。これは、あくまで対外的なパフォーマンスだ」
豪華なリムジンの車内。
拓真は一度も優里と目を合わせず、淡々と告げる。
「西園寺やマスコミの目を欺くために、仲睦まじい夫婦を演じてもらう」
(――二人きりになりたい。
誰にも邪魔されず、お前と過ごしたい。
仕事も、妹も、すべて置いて――)
「……わかりました」
優里は、窓の外を流れる景色から目を離さないまま答えた。
「お芝居、ですね」
その声には、感情がなかった。
(……新婚旅行まで、妹への想いを隠すためのカモフラージュに使われるなんて)
(私はきっと、一生“代役”のままなのね)
到着したのは、森の奥深くに佇む、片桐家所有の瀟洒なヴィラだった。
そして、玄関ホールで待っていたのは――
片桐グループ現総帥、拓真の父・片桐正臣。
鋭い視線が、優里を値踏みするように一瞥する。
「拓真」
冷え切った声。
「このような家柄も後ろ盾もない女を妻にするとは、正気か。
美優さんならまだしも……この女が、片桐の女主人に相応しいとは思えん」
優里の胸が、きゅっと縮こまった。
(……やっぱり)
(私は、ここに立ってはいけない人間なんだ)
その瞬間だった。
「……父上」
拓真が、静かに一歩前へ出る。
優里を庇うように立つ、その背中は、驚くほど大きかった。
「言葉を慎んでください」
低く、しかし揺るぎない声。
「優里は、俺が選んだ唯一の女性です」
正臣が目を見開く。
「彼女がいない片桐の未来など、俺には必要ありません。
これ以上、彼女を侮辱するなら――」
一瞬の間。
「俺は、この場で片桐の姓を捨てます」
あまりにも強い決意に、父は言葉を失った。
「……な、何を……」
優里は、背後からその背中を見上げ、胸が熱くなるのを感じた。
(……守ってくれてる?)
(私のことを……こんなにも、必死に……)
だが、その感情は、すぐに彼女自身の“拗らせた思考”に塗り潰される。
(……違う)
(私が不適格だと思われて追い出されたら、彼の“盾”がなくなる)
(妹を守るための、都合のいい妻が……)
父が去った後。
静まり返ったホールで、優里はぽつりと口を開いた。
「……演技、お上手ですね」
「……え?」
拓真が振り向く。
「あんなに熱く庇われたら、本当に信じそうになりました」
優里は、かすかに微笑んだ。
「妹を……本命の彼女を守るためなら、あそこまで出来るんですね」
「……っ」
拓真は、言葉を失った。
命を賭けて叫んだ愛が、
“妹を守るための芝居”として処理された。
(――違う)
(守りたいのは、美優じゃない)
(お前だ、優里……!)
その夜。
ヴィラの寝室。
拓真は、再び絶望の淵に立っていた。
「……俺は、少し風に当たってくる」
そう言って、バルコニーへ向かおうとする。
「お前は、先に休め」
「……はい」
優里は、丁寧に頷いたあと、付け足す。
「あ、片桐さん。
明日も“仲のいい夫婦”の演技、頑張りますね」
その笑顔は、寂しげで――
それでいて、完璧な“偽装妻”のものだった。
「……妹にも、安心して報告してください」
拓真は何も言えず、夜風の中へ出る。
バルコニーで、彼は手すりを強く拳で叩いた。
(愛している)
(愛しているのに、伝えれば伝えるほど、彼女は遠ざかる)
(……俺は、どうすればいい)
(どうすれば、この呪いから彼女を救い、俺の愛を信じさせられるんだ……
拓真は、次なる「策」を講じた。
それは、片桐グループの保養地にある避暑地への
「新婚旅行」――という名目の、完全な囲い込みだった。
「いいか。これは、あくまで対外的なパフォーマンスだ」
豪華なリムジンの車内。
拓真は一度も優里と目を合わせず、淡々と告げる。
「西園寺やマスコミの目を欺くために、仲睦まじい夫婦を演じてもらう」
(――二人きりになりたい。
誰にも邪魔されず、お前と過ごしたい。
仕事も、妹も、すべて置いて――)
「……わかりました」
優里は、窓の外を流れる景色から目を離さないまま答えた。
「お芝居、ですね」
その声には、感情がなかった。
(……新婚旅行まで、妹への想いを隠すためのカモフラージュに使われるなんて)
(私はきっと、一生“代役”のままなのね)
到着したのは、森の奥深くに佇む、片桐家所有の瀟洒なヴィラだった。
そして、玄関ホールで待っていたのは――
片桐グループ現総帥、拓真の父・片桐正臣。
鋭い視線が、優里を値踏みするように一瞥する。
「拓真」
冷え切った声。
「このような家柄も後ろ盾もない女を妻にするとは、正気か。
美優さんならまだしも……この女が、片桐の女主人に相応しいとは思えん」
優里の胸が、きゅっと縮こまった。
(……やっぱり)
(私は、ここに立ってはいけない人間なんだ)
その瞬間だった。
「……父上」
拓真が、静かに一歩前へ出る。
優里を庇うように立つ、その背中は、驚くほど大きかった。
「言葉を慎んでください」
低く、しかし揺るぎない声。
「優里は、俺が選んだ唯一の女性です」
正臣が目を見開く。
「彼女がいない片桐の未来など、俺には必要ありません。
これ以上、彼女を侮辱するなら――」
一瞬の間。
「俺は、この場で片桐の姓を捨てます」
あまりにも強い決意に、父は言葉を失った。
「……な、何を……」
優里は、背後からその背中を見上げ、胸が熱くなるのを感じた。
(……守ってくれてる?)
(私のことを……こんなにも、必死に……)
だが、その感情は、すぐに彼女自身の“拗らせた思考”に塗り潰される。
(……違う)
(私が不適格だと思われて追い出されたら、彼の“盾”がなくなる)
(妹を守るための、都合のいい妻が……)
父が去った後。
静まり返ったホールで、優里はぽつりと口を開いた。
「……演技、お上手ですね」
「……え?」
拓真が振り向く。
「あんなに熱く庇われたら、本当に信じそうになりました」
優里は、かすかに微笑んだ。
「妹を……本命の彼女を守るためなら、あそこまで出来るんですね」
「……っ」
拓真は、言葉を失った。
命を賭けて叫んだ愛が、
“妹を守るための芝居”として処理された。
(――違う)
(守りたいのは、美優じゃない)
(お前だ、優里……!)
その夜。
ヴィラの寝室。
拓真は、再び絶望の淵に立っていた。
「……俺は、少し風に当たってくる」
そう言って、バルコニーへ向かおうとする。
「お前は、先に休め」
「……はい」
優里は、丁寧に頷いたあと、付け足す。
「あ、片桐さん。
明日も“仲のいい夫婦”の演技、頑張りますね」
その笑顔は、寂しげで――
それでいて、完璧な“偽装妻”のものだった。
「……妹にも、安心して報告してください」
拓真は何も言えず、夜風の中へ出る。
バルコニーで、彼は手すりを強く拳で叩いた。
(愛している)
(愛しているのに、伝えれば伝えるほど、彼女は遠ざかる)
(……俺は、どうすればいい)
(どうすれば、この呪いから彼女を救い、俺の愛を信じさせられるんだ……