灰色の世界で、君と出会えたら。

最終話 灰色の世界で君と出会えたら。

…正直言うと、その後の騒動は散々だった。夜遅くに家に帰ると衰弱した義母が僕に叱咤し、パァンッと頬を叩いた。その反動で尻もちをつく。庇いきれずに、左頬と耳衝撃と熱が走る。
「今まで何してたの?どうして言うことが聞けないの?私があんたみたいなみっともない子を育ててるって知られたら、世間からの評判も悪くなるでしょう!?…なぜ僕は、今までこんな母親に執着してたんだろう。ずっと、僕を支配してきたこの人を、今はもう母親なんて思えなかった。
僕ヒリヒリと痛む頬を抑えながらぐっと唇を噛み締めた。それが自分に対する反抗と思ったのか、義母の視線が一気に鋭くなる。
「酷い事を言うのは、あなたの事を愛しているからよ。全部、貴方を思ってのことなのよ。」
どうして分かってくれないの、と呟かれ、それはこちらの台詞だと思った。いつもならここで諦めていただろう。でも、僕は、1人じゃない。
「ー子供は、親の付属品じゃないんだよ。僕の事は、僕が決める。もう、お義母さんの言うことは聞かないから。」
「何言って…あ、ちょっと、待ちなさい!!」
初めてした反抗に、義母は動揺しながら僕を引きとめようとする。パシッと僕の腕を掴んだ彼女が、悲しそうに見つめてきた。
「お願い…流星、行かないで。少し言い過ぎたわ、ごめんなさい。だから、これからも私の傍でー」
「悪いけど。」
僕は義母の腕を振り払い、義母を真っ直ぐに見つめた。
「僕には、そんな義母さんは要らない。」
そういうと、彼女の瞳が絶望に変わり、ヘタッ…とその場にしゃがみこむ。ボロボロになった義母の様子は痛々しかったが、哀れもうとは思わない。
僕はそのまま何も言わずに家を出た。

向かったのは、星街公園だ。古びたブランコに乗り、ギィ…とこぐ。
まだかな…そう思った時。
「雨水君!」
遠くで声がして、僕は声の方向に顔を向ける。ブランコを降り、そちらに向かった。
「天川君、」
彼は僕の方に走ってくる。その瞬間、心がドキドキするのを感じた。
「久しぶり。座って話そうよ。」
「う、うん。」
僕達はベンチに座って、夜空を見上げた。

「俺さ、おばさん家に行ったら、新しい別の子がいたんだ。」
「…それって、」
「俺より少し年上の、綺麗な女の人で。窓からチラッと見えただけだけど、幸せそうに笑ってた。多分、本当の娘さんなんだろうね。それ見て、何かバカらしくなってさ。おばさんに会わずに来ちゃった。」
彼は、どこかで期待していたのだろう。もしかしたら、おばさんが自分の事を覚えてて、もう一度やり直せるかもしれない、と。でも、彼は、本当は息子代わりにしか過ぎなくて。
「…これからどうするの?」
「それが、詩音先輩に住む家がないって言ったら、自分の部屋を貸してくれることになったんだ。先輩、実家暮らしで、お父さんがラーメン屋を経営してるらしくて。店の手伝いをする代わりに部屋を貸してくれる事になったんだよ。」
「そっか。良かった。詩音先輩なら大丈夫だね。」
僕の先輩達は、皆良い人で頼もしい。三島先輩も、詩音先輩も。
「雨水君の方はどうなったの?」
「…どうして今まで、あんな母親に執着してたのかとても不思議だよ。子供は親の付属品なんかじゃないって、もうお義母さんの言うことは聞かないって言って出てきた。それでね、親戚の所に引き取ってもらうことになったんだ。」
僕がそう言うと、彼は。

「格好いいね。雨水君」と笑ってくれた。


そこから、僕達は他愛もない会話をした。会えなかった1周間を埋めるように、たくさんの事を話した。
そして、学校に行くと、当然のことだけれど、クラスメート達から色々追及される羽目になった。駆け落ちしたとか、逃避行したとか、事実無根な噂が上級生にまで広がった。おかげで新聞部に記事として持ち上げられそうになったので、三島先輩に対処してもらった事もある。詩音先輩も、顔が広いので色んな友人に騒動にしないでほしい、と頼んでくれていた。僕達は、2人だけじゃない。中には、僕達の経験した事を何の根拠もなく信じてくれる人もいる。
今までの、自分の狭い交遊関係が恥ずかしく思えてきた。天川君も、女子達に質問攻めにされたりしたけど、前とは違っていて、
「ごめん。それは言えない。」とはっきり断るようになっていた。いつもなら、笑って誤魔化しそうなのに。そう思ったのは、僕だけの秘密だ。

そして、少しずつ日常が変わり始めている中、とある出来事が起こった。天川君が、転校するというのだ。元々僕を探すためにこの街に来て、この学校に転入してきた訳だから、そうじゃなくなった今、彼がここにいる意味はなかった。詳しくは教えてくれなかったが、ここよりも遠い街に行くらしい。

僕が星街公園に行くと、彼が星空を見上げていた。
「明日、引っ越すんだよね」
「うん。あっちには1人だけ昔からの知り合いがいるから、その人の世話になるつもり。詩音先輩も頑張れよって、」
「そっか。」
それきり、僕達はお互い黙り込む。何を言えば良いか分からない。こういう所は相変わらずだと、少し落ち込んでしまう。
「…ありがとね。」
ふと、彼が言った。僕は彼を見上げる。僕を見る瞳はとても優しい。
「あの時、君の手を離さなくて良かった。俺を、救いだしてくれてありがとう」
「こっちこそ、天川君のお陰で僕は変われた。ありがとう。ー見つけてくれて。」
「うん。…また、会えるといいな。」

「…うん。信じて待ってるから。」

ーそして、彼はこの街からいなくなった。

突然の転校に、クラスメート達はざわめきだった。転校してきて1ヶ月でまた転校なんて、クラスメート達からしたら不自然に思うだろう。女子達はしばらくの間悲しそうにしていた。

そして、彼が居なくなって何週間が過ぎた。僕の周りは、大きく変わったと思う。
いつも通り、本を読んでいると、ふと誰かに声を掛けられた。
「何の本読んでるの?よかったら、一緒に読まない?」
僕は嬉しさと動揺でいっぱいなまま、小さく頷く。
「う、うん。良いよ」
それから、一緒にお昼を食べたり、放課後は図書室で本の話をしたりと、前までの僕なら考えられない事をたくさん経験した。
これも、彼のおかげだと思うと、胸がキユッ、と鳴る。

そんなある日、先生に呼び出された。
「君のご両親の事だが、母親の方は精神科に見てもらう事になったそうだ。再婚相手である父親は、ストレスのあまり麻薬を使用してしまって混乱に陥って、そのまま自殺したらしい。」
「…そうですか。」
今さら何をいわれても、何も感じない。同情だって微塵もなかった。そんな僕を、先生は怒るどころか、優しく笑って見つめる。
「…変わったな、雨水も。」
その言葉に、僕はただ頷くだけだった。

放課後。僕はいつものように星街公園に来ていた。
彼が連れてきてくれた、僕と彼の秘密基地。そっと、ブランコを見ると一枚の紙が置かれていた。それは写真のようで、僕と彼が笑い合っている様子が収められているものだった。
これは、最後に彼が残した、僕へのメッセージたまろう。そう思うと、心が満たされいくのを感じた。

夜空を見上げ、そっと思い願う。
空っぽだった僕の心を光でいっぱいにしてくれた、もう1人の自分。君の抱える過去も、どんな灰色の世界だったとしても、僕は君にもう一度会いに行くから。もう、僕達は自由だ。何ににも縛られなくて良い。
だから、もう一度会えた時は。その時は。

きっと、灰色の世界で、君と笑い合っていられますように。
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