海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
5章 閉ざされた永劫〜燃ゆる燭陰の眼差し〜

第16話 秩序なき北の果てで

北の果ての地―⋯。

その、鐘山(しょうざん)と呼ばれる山に巻き付くようにして。その者は、じっと⋯そこにいる。
赤い蛇身。
山頂に鎮座する、とてつもなく大きな顔は―⋯
目を開いたまま、息づくこともせず、その赤い身を熱く、熱く―⋯焦がしているのだった。



その地に着いた私たちは、歩きながら⋯その、異様な光景に言葉を失っていた。

元来、季節は―⋯秋だったのであろう。有昧の木々は赤やオレンジに染まり、柿だって収穫していた。そうであるなら⋯ここ、北の地は、冬の足音が聞こえて来る、そんな景色だったことは想像に難しくない。
なのに、だ。

1度実ったのであろう木々の実はー⋯枝についたまま萎びている。

「⋯⋯⋯」
(これは⋯?)



私の頬を、羽化した大量の虫たちが、ぶつかりながら飛んでいく。

湖面から立ち昇る生温かい湯気の霧は、視野を遮り⋯足元から届く異音の正体すらも、覆い隠している。
私がしゃがみ込んでその正体を確認すると⋯。それは、食べ物すらなく、息絶えた⋯これまた大量の虫の絨毯であった。
おまけにどうだ?その隙間から見える地。その自生した苔すらも⋯パリパリの薄焼き煎餅のよう。

空からは絶えず、渡り鳥の悲痛な声が響き⋯、私の行く数歩先へと落ちてきた者もいた。

流れる川は泥水と化し、轟々と激しく急き立てて。


私の胸をざわつかせるのあった。

ここは⋯、そう。最北の、寒冷地。
そうであるはずなのに―⋯。おかしなことに、ここより少し南方のあの島よりも、寒くはない。むしろ、額が汗ばむくらいの⋯暖かさ。

異様では⋯ないか?

「愚強様。ここで一体何が?」

「ここに生きる者全てが⋯既に冬支度をしていた。獣はその毛を白く染め、虫たちは冬眠の準備をしていつものように、時節を読み解いて。私が貴方を乗せて飛んだ時も、いつもならもう少しまともに飛べたであろう。けれど⋯、上昇気流に巻き込まれ、思うようにいかなかった。その証拠に、渡り鳥が落ちてきたであろう?酸欠や疲労で、帰るべき道すら分からなくなった。まるで⋯罠にでもかけられたかにように」

「まるで⋯初夏のようです。大量の虫は、季節を勘違いして羽化した。⋯そういうことですよね」

頷く愚強の横顔は、苦々しくも―⋯己の使命にしっかりと向き合う、強い眼差し。ハヤブサのような鋭い眼光が⋯光る。

「有昧伯なら解決できるかもしれませんが⋯相手が相手なだけに、そう簡単なことではないのです」

生温かい、スチーム。そんな霧の中を歩き進めて⋯その山につく頃には。
その熱は⋯更に増していた。

霧と雲とが立ち込める中、上空を見据えることはできない。

けれど、対峙したその山からは⋯
バリバリ、と、何かが剥がれ落ちるような、そんな音が聞こえてきた。

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