海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
すると⋯その川の水面に。
見たこともない女の姿が⋯突如映し出される。その【誰か】は、その視線の先の誰かに向かって、無邪気に笑っているのだが⋯。
妙であった。
見たこともないような景色。夏には存在しない衣服。口に運んだ茶色の塊を―⋯美味しそうに頬張る姿。
目まぐるしく映り変わっていく情景に⋯浮游はふと、思うのだった。
思いの⋯残像である、と。
そしてそれは、ここに映る者が見ている「誰か」に向けた便りなのではないか―⋯、と。
不思議であった。
知らない女子なのに―⋯その先に見ているものは、自分と同じものではないか?と錯覚するのだ。
映像が終わると同時に⋯、その花びらは石の隙間をするりと抜けて。瞬く間に⋯流れ去っていった。後に、僅かな香りだけを残して。
浮游はふと―⋯思い出す。
あの時、この山で得た筈だった海棠の花の行方を。
崑崙山へと持ち帰ろうとの目論みは⋯結局は叶わなかったのだ。
この広い山中で夔を見つける術を教え、手助けしてくれた者に―⋯その対価として、それをあげたから。
面紗をしていたその者の顔を⋯知ることはなかった。ただ、威厳あるその語り口と、的確な啓示は忘れることはない。
そして今―⋯脳裏に突如浮かんだのだった。
口上を述べるあの女性の、不敵で⋯かつ、たおやかな笑みが。
浮游の頭上には⋯いつの間にか雲が立ち込めていて。しとしとと、静かに雨を落としていた。
「⋯⋯⋯」
『瑶姫が崑崙に雨を降らせ―⋯知らせてくれたのだ』
禹后の言葉が―⋯ふと、脳裏に浮かぶ。
『人間界から―⋯姿を消した、と』
「⋯⋯⋯」
浮游は懐から、と、ある玉符を取り出す。
それは―⋯禹后から命を受けたことを証明する片割れの玉符。
九部を知り尽くす【陸吾】であり、禹后の臣下であれば当然の責務だ。
その任務は―⋯陸吾と同様の理由で、もう1人受けた者がいた。
行方知らずになっているある者を探し―⋯保護せよとの索命。
有扈氏が持っていた玉符が偽物であることは―⋯、初めから知っていたのだ。
偶然見つけた人間の少女。
小賢しくも泥臭く、ちっぽけで弱い己の身1つで―⋯この地に根を下ろした者への、小さな小さな疑念の芽。
あの、駒にもならぬちっぽけな石ころが。
波紋を―⋯広げていったのだ。
浮游が、拳を握りしめると、手の中の玉符が、ピシ、と音をたてた。そこで―⋯力をようやく緩める。
割れそうで、割れないそれをまた懐へと戻す。
遠くから―⋯雷鳴。
思わず空を見上げると、有昧の⋯その方角から、大きな黒い影が飛び去っていくのがみてとれた。
「⋯⋯⋯」
それが⋯北の方向へと向かっていくのを見送ると。
浮游は、一瞬にして⋯女几山から姿を消して、その影の後を追いかけていったのだった。
見たこともない女の姿が⋯突如映し出される。その【誰か】は、その視線の先の誰かに向かって、無邪気に笑っているのだが⋯。
妙であった。
見たこともないような景色。夏には存在しない衣服。口に運んだ茶色の塊を―⋯美味しそうに頬張る姿。
目まぐるしく映り変わっていく情景に⋯浮游はふと、思うのだった。
思いの⋯残像である、と。
そしてそれは、ここに映る者が見ている「誰か」に向けた便りなのではないか―⋯、と。
不思議であった。
知らない女子なのに―⋯その先に見ているものは、自分と同じものではないか?と錯覚するのだ。
映像が終わると同時に⋯、その花びらは石の隙間をするりと抜けて。瞬く間に⋯流れ去っていった。後に、僅かな香りだけを残して。
浮游はふと―⋯思い出す。
あの時、この山で得た筈だった海棠の花の行方を。
崑崙山へと持ち帰ろうとの目論みは⋯結局は叶わなかったのだ。
この広い山中で夔を見つける術を教え、手助けしてくれた者に―⋯その対価として、それをあげたから。
面紗をしていたその者の顔を⋯知ることはなかった。ただ、威厳あるその語り口と、的確な啓示は忘れることはない。
そして今―⋯脳裏に突如浮かんだのだった。
口上を述べるあの女性の、不敵で⋯かつ、たおやかな笑みが。
浮游の頭上には⋯いつの間にか雲が立ち込めていて。しとしとと、静かに雨を落としていた。
「⋯⋯⋯」
『瑶姫が崑崙に雨を降らせ―⋯知らせてくれたのだ』
禹后の言葉が―⋯ふと、脳裏に浮かぶ。
『人間界から―⋯姿を消した、と』
「⋯⋯⋯」
浮游は懐から、と、ある玉符を取り出す。
それは―⋯禹后から命を受けたことを証明する片割れの玉符。
九部を知り尽くす【陸吾】であり、禹后の臣下であれば当然の責務だ。
その任務は―⋯陸吾と同様の理由で、もう1人受けた者がいた。
行方知らずになっているある者を探し―⋯保護せよとの索命。
有扈氏が持っていた玉符が偽物であることは―⋯、初めから知っていたのだ。
偶然見つけた人間の少女。
小賢しくも泥臭く、ちっぽけで弱い己の身1つで―⋯この地に根を下ろした者への、小さな小さな疑念の芽。
あの、駒にもならぬちっぽけな石ころが。
波紋を―⋯広げていったのだ。
浮游が、拳を握りしめると、手の中の玉符が、ピシ、と音をたてた。そこで―⋯力をようやく緩める。
割れそうで、割れないそれをまた懐へと戻す。
遠くから―⋯雷鳴。
思わず空を見上げると、有昧の⋯その方角から、大きな黒い影が飛び去っていくのがみてとれた。
「⋯⋯⋯」
それが⋯北の方向へと向かっていくのを見送ると。
浮游は、一瞬にして⋯女几山から姿を消して、その影の後を追いかけていったのだった。