海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
7.5章〜The other side of the story〜

九天玄女の書

天界の戦神と名高い九天玄女は、動と剛とが同居する、自由気ままに生きる女神であった。普段は天妖界の珍しき光景を好み、あちこちへ出現しては、琴を奏でたり⋯珍獣や瑞獣をからかったり。彼女が仕える女帝西王母さえ、その行方を知るのが困難な縛られることなき、神だった。

けれど地上で争いごとが起きれば、極めて理性的に、大義名分を重んじる側面もあった。情に熱一面もあれば、天の正義を粛々と執行する、冷徹な一面も。

どんなに必死に祈られても、エゴや私欲のための戦いには絶対に味方などせず、逆に、「この者が倒れたら天下の秩序が崩壊する」という極限状態の正義の味方にだけ、最強の助っ人として降臨するのが彼女の常だ。時には兵法や謀略を授け、命運を変える⋯策士とも言えよう。

そんな激動の中へと躊躇なく飛び込むのだから⋯周囲の者たちは、いつも彼女の安否を気にしなければならなかった。とりわけ、その筆頭とも言えるのは、西王母であり、そして幼き頃にその西王母の元で共に修行した、|瑶姫【ようき】という名の親友であった。

「動と剛」の九天玄女に対し、赤帝の娘・瑶姫は「静と柔」を体現する、慈愛と美の女神であった。崑崙の静謐な仙境を好み、傷ついた草木を癒やし、天妖界に咲く名もなき花々にそっと微笑みかけるような、穏やかで儚げな佇まい。自由奔放な玄女がふらりと現れ、地上のおぞましい光景を語ろうが⋯困ったようにそれを受け入れ、そして時には窘める、彼女の唯一無二の理解者であり癒しでもあった。2人は、人々を救う力はあれど、その向き合い方はまるで違う。

瑶姫は地上の弱き人々が病や飢えに苦しむ姿を目にすれば、自らの神力を惜しみなく注ぎ、時には身を削ってでも救いの手を差し伸べる、深い「憐れみの心」を秘めていた。戦場で血を流し、大義のために冷徹になれる九天玄女が「破壊と勝利の策士」なら、瑶姫は過酷な運命に傷ついた魂をそっと包み込む「治癒と救済の巫女」と言えよう。互いの生き方がそのまま互いの刺激となり、鏡となる稀有な関係性。

玄女は心配性な彼女へと、戦場に行く時には双鏡と呼ばれる青銅の鏡の片割れを預けることもあった。玄女の神力を加えた鏡は、彼女が映したものをそのまま相手に伝えることができるゆえ、時に戦況の報告代わりに、西王母に預けることも。まあ、それが心配の種になることも多々あった訳だが⋯。

その、母のような西王母と、親友である瑶姫。2人が居れば、その存在があれば、それだけで玄女は安心できた。孤独な戦神なれど―⋯確かに家族のような愛を知っていたのだ。

けれど⋯瑶姫は。優しすぎる魂ゆえに、神力を使い果たしたのであろうか。彼女は出嫁の年齢になったまさにその時、原因不明の重い病に侵され若くして息を引き取ったのだった。その慈悲の魂は穏やかに生を全うしたい、と願う彼女の思いを叶えたのかもしれない。人間界へ渡り、輪廻の泥沼へと囚われていくことになるのだが――。

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