海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
海棠はその後2日ほど、こんこんと眠り続けていた。

あの、投薬の後―⋯唇に生気が戻ってきたことを確認した浮游は、すぐにまたいつもの冷徹な鎧を纏って、すぐさま天幕の外へと出て行った。

皆に状況を伝え、それぞれへの任務の継続と、福へは老仙人を送り届けるようにと指示を出す。

「道はその者に聞けばよい。途中で別れてすぐに戻れ」

「えっ。でも、薬堂まで⋯」

「自力で向かうであろう」

「ですが、俺は、うどんを⋯」

すると契が、その業務を請け負うことを申し出た。

別れ際に⋯老仙人は言う。

「処方した薬を置いていく。信頼できる者に託したゆえ、怪我人に、それから瘴気にあてられた者に、それぞれ適切に飲ませるがよい」とそう言って、博益の方をチラリと見るのだった。

それから―⋯

浮游は天幕の中へと戻り、男たちの長い夜は⋯こうして夜明けを迎えたのだった。

2日後。

海棠の首元に触れた浮游は、熱が下がったことを確認すると⋯ふっとひとつ息を吐いて。

いよいよこの鐘山を去ろうと―⋯まだ目を覚まさぬ彼女の眉を、無骨なその指でそっとなぞって⋯その明け方に、福と博益へと彼女を託して静かに姿を消したのだった。

海棠が目を覚ました時。

側には、福と⋯それから、博益が目の前にいた。

「⋯⋯有昧伯は?」

キョロキョロと辺りを見渡したが、その視野は⋯滅紫の衣を捉えることはなかった。

まだふらつく頭で、辺りを歩き探してみるが―⋯その姿は、何処にもない。

博益は、彼は己の責務を全うすべく、愚強を伴い既に有昧へと戻ったことを―⋯淡々と伝える。

不思議と⋯海棠には、無人島の時のような「置いていかれた」とそんな焦燥感はなかった。

有昧に帰れば⋯きっとまた会える。そんな確証さえもあったのだ。

「⋯⋯?なんか⋯苦いな」

海棠はふと唇に触れる。ほっぺたはひんやりしているのに。何故かそこだけは⋯温かい。

「⋯⋯」

彼女は⋯姿なき男の、その静かなる情を、確かに感じ取っていたのだった。

滅紫の髪留め。それを解いてぎゅっと握りしめると⋯天幕の入口を、じっと見つめるのだった。

それから―⋯彼女の回復を聞きつけ、天幕へと押し寄せてきた契や驍大人に、不思議な夢の話をして大いに盛り上がるのだった。

契に至っては、海棠の言った『枯れ木に花を咲かせましょう』の言葉が気になるのか、妙に考えるような素振りを見せていた。

「『枯木逢春』の意であろうか。死にかけた枯れ木に、もう一度春を逢わせる。⋯なるほど」

海棠の目には、彼の背後に算盤が見えてくる。

契はにこりと笑って、最大の功労賞者である恩人・はなさかじいさんとのコラボを唱えるのであった。

「屋号なるものとしては少し硬いし重すぎる。よし博益、文字を書いてくれ。【枯木春(こぼくしゅん)】だ。これからあの老仙人の薬を密かに流通させるときは、薬廬の場所も本人も完全に隠すための【屋号】として、この三文字を掲げて商いをしようではないか」

まさかの―⋯支店の提案。

「では早速試してくれ、これが―⋯【紙】。そして、この【墨】。この【筆】を墨に浸して、この紙に書くのだ」

驚くべき、シゴデキ。古代におけるSDGs未来都市。

(まさかの意識を失っていた数日間で、文明改革をさせるとは)

さて、博益が握る毛筆を見て、ガクブルしているのは⋯福に他ならない。

「福。貴方のその、高級毛筆のような尾⋯」

「ぜっったい嫌だ!!」

夏王朝時代―⋯。天妖界の絶対秩序と、猛威を振るったインフルエンザの騒動は―⋯その真相を語られるまま、博益による、【枯木春】の達筆なる文字で全ての幕が下ろされたのである。

一方で浮游は⋯有昧の冷たく、ひっそりとした屋敷で1人、あの石鹸を眺めていた。

一片の海棠の花。

勿論使って⋯⋯などはいない。

だからであろうか?美しいご尊顔がちょっぴり紅くなり、コホン、コホンと、少しばかりの咳が出ていたのは⋯。

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