海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
さて、この【九天玄女】たる女神。西王母が最も信頼する臣下で特使でもあった故に、崑崙山が彼女のホームグラウンド言うべきなのかもしれない。では、その崑崙を守護する陸吾(浮游)とは面識があったのか?それが―⋯見事なまでにすれ違い続ける命運だったのか、互いの存在こそは熟知しているものの、長きに渡り顔すら知らない希薄な関係であった。
2人がようやく言葉を交わしたのは、夏王朝より前の時代、瞬后治める虞夏の世だった頃⋯だったかもしれない。
瞬后は、自分の臣下として【夔】という男を迎えたく、勅命を下そうとしていた。けれど⋯辺境の山にいると噂されるが、それがどこかも分からずに会うこともできずにいたのだった。そこで⋯九州に詳しい陸吾に白羽の矢が立った。
九天玄女と出会ったのは、瞬后が陸吾にその橋渡しを頼んだことがきっかけであった。
東海の山頂に住む夔は、その噂話を聞きつけるなり⋯女几山へと慌てて移り、身を潜めていた。中央政権の混乱に巻き込まれるのはまっぴらであったのだろう。
陸吾は東海を皮切りに彼を探すものの、捜索は難を極めた。けれども⋯彼が勅命を拒否すればそれだけで罪となるゆえに、なんとしてでも説得しようと諦めることはしなかった。そして⋯数々の山を巡り、ようやくこの女几山へと辿り着いたのであった。
女几山といえば、仙女が修行する山として、西王母の弟子である女神らもよく訪れる場所であった。
一方の九天玄女は、先立ってしまった大切な友が「女几山には美しい海棠という名の花が咲いて、憂いを消し去ってくれる五色の気高き鳥がいる」と語った、その景色を見に行く為に―⋯この地を訪れていた。彼女はここに来たことはあったが、修行に一切の妥協なく明け暮れ過ごすが故に―⋯周囲がまるで見えていなかったのだ、と、それを暗に揶揄された形だ。
「仕様がないな。いつか必ず見に行って」
その者が遺した言葉が⋯ずっと胸にあった。
【仕様がないな】と、ちょっぴりあきれて、けれど愛情たっぷりに諭す口癖が⋯たまらなく好きだった。
女几山を彷徨う中で、玄女はとうとうその花を見つけた。
「天妖界の九州ではこの山にしか咲かない珍しくも美しい花だから、貴方にもきっとすぐにわかるはず。間違いなく気に入ると思う」
あの、言葉通りに。華やかで、凛として―⋯美しい。花海棠は、ひと目で彼女の心を奪った。そして⋯「一緒に観たかった」と、思いを馳せるのであった。
彼女は、その海棠の淡い紅の全貌を見渡すべく、女几山で最も高貴にそびえ立つ橿の巨木へと、軽やかに飛び上がった。その強靭な枝は、彼女が気ままに足を揺らしても微動だにしない。
まるで【もうひとり】そこに座っているかのように⋯「うん、そうだね。気に入った」と語りかけるのだった。
2人がようやく言葉を交わしたのは、夏王朝より前の時代、瞬后治める虞夏の世だった頃⋯だったかもしれない。
瞬后は、自分の臣下として【夔】という男を迎えたく、勅命を下そうとしていた。けれど⋯辺境の山にいると噂されるが、それがどこかも分からずに会うこともできずにいたのだった。そこで⋯九州に詳しい陸吾に白羽の矢が立った。
九天玄女と出会ったのは、瞬后が陸吾にその橋渡しを頼んだことがきっかけであった。
東海の山頂に住む夔は、その噂話を聞きつけるなり⋯女几山へと慌てて移り、身を潜めていた。中央政権の混乱に巻き込まれるのはまっぴらであったのだろう。
陸吾は東海を皮切りに彼を探すものの、捜索は難を極めた。けれども⋯彼が勅命を拒否すればそれだけで罪となるゆえに、なんとしてでも説得しようと諦めることはしなかった。そして⋯数々の山を巡り、ようやくこの女几山へと辿り着いたのであった。
女几山といえば、仙女が修行する山として、西王母の弟子である女神らもよく訪れる場所であった。
一方の九天玄女は、先立ってしまった大切な友が「女几山には美しい海棠という名の花が咲いて、憂いを消し去ってくれる五色の気高き鳥がいる」と語った、その景色を見に行く為に―⋯この地を訪れていた。彼女はここに来たことはあったが、修行に一切の妥協なく明け暮れ過ごすが故に―⋯周囲がまるで見えていなかったのだ、と、それを暗に揶揄された形だ。
「仕様がないな。いつか必ず見に行って」
その者が遺した言葉が⋯ずっと胸にあった。
【仕様がないな】と、ちょっぴりあきれて、けれど愛情たっぷりに諭す口癖が⋯たまらなく好きだった。
女几山を彷徨う中で、玄女はとうとうその花を見つけた。
「天妖界の九州ではこの山にしか咲かない珍しくも美しい花だから、貴方にもきっとすぐにわかるはず。間違いなく気に入ると思う」
あの、言葉通りに。華やかで、凛として―⋯美しい。花海棠は、ひと目で彼女の心を奪った。そして⋯「一緒に観たかった」と、思いを馳せるのであった。
彼女は、その海棠の淡い紅の全貌を見渡すべく、女几山で最も高貴にそびえ立つ橿の巨木へと、軽やかに飛び上がった。その強靭な枝は、彼女が気ままに足を揺らしても微動だにしない。
まるで【もうひとり】そこに座っているかのように⋯「うん、そうだね。気に入った」と語りかけるのだった。