海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
3人と一匹の、まさに珍道中。
海棠というじゃじゃ馬をいなす博益にとっては、縦横無尽に駆けようとする䑏疏を窘め親睦を図るなど容易なことであった。
時にうっかり荷を落とす気性の荒いユニコーンが、いつの間にやら⋯人間の海棠を、鐙も鞍も手綱すらなく背に乗せて歩くくらいに手なづけていったのである。
そして海棠もまた、サッカーで培ったリスペクト精神を損なうことなく⋯惜しみなくケアするのだった。
鐘山の油洗文化に感化され、持ち歩いていた羊脂。それを、スパイクをメンテするミンクオイルの如く⋯䑏疏の蹄と、角とを保護する為に塗っていく。掌で溶かしながらゆっくりと 丁寧に塗り込み、仕上げに獣革で磨き上げていった。
初めこそ「なにごと?」と言わんばかりに耳をパタパタさせ暴れていた䑏疏も、海棠の迷いのない、手慣れた手つきに⋯うっとりと満足そうに鼻息を漏らすようになるのだから、これまた珍獣遣いである。おまけに希少な鐘山の馬油を、毛並みを整える為に【馬】に使ってしまう采配も滑稽に見えて理にかなっていた。鐘山の神秘的な霊気を含んだ、吸い込まれそうなほど深い【極上の艶】を演出していったのだ。
こうして日々世話になり、世話をし、共に旅するうちに、軍馬にしようとなどと浅はかな考えなどとうに消え去って―⋯まさに人馬融和。
さて。
博益の提案で最初に訪れた場所は―⋯、禹后による治水によって住めるようになった土地。地形に合わせてぐるっと囲むようにして造られた黄土の城壁。その、強固さが―⋯防御の要として存在感を示していた。
(なるほど。有昧で私が作った槍など、一撃でポキリ、だ)
石のようなそれを手で叩きながら、見事な古代の版築技術に敬服する海棠であったが、ここでリアルユニコーン・䑏疏を手放すこととなる。
その理由は「ここに連れて行ったら、たちまち【商い】に利用させるぞ」という博益の忠告があったからだ。
元来なら、并州の広大な大地を自由に駆ける一角獣だ。すっかり馴染んでいたがゆえに別れ難いが⋯海棠の脳裏には童謡「ドナドナ」が流れ、その感じることもできぬ悲哀の世界を覗き見するような、妙な感覚に陥っていく。
「【ドナドナ】は駄目だ。さよなら、䑏疏⋯!!また絶対何処かで」
懸命に手を振る海棠と、
「心拍数、変化なし」と冷静に彼女を分析する豎亥の相反するコントラストに⋯博益は苦笑するのであった。
そう、海棠は哀の感情を抱くことはできない。
代わりに、遠く何処かでそれを肩代わりする者がいるだなんて⋯誰も知る由もなかったのだ。
一方の䑏疏は、重たい荷から開放されたというのに、名残り惜しいのかトボトボと数歩歩いては、何度も何度も振り返り―⋯。
けれど、去り際はまるで一筋の閃光のように。一瞬にして、その姿を消したのだった。
海棠というじゃじゃ馬をいなす博益にとっては、縦横無尽に駆けようとする䑏疏を窘め親睦を図るなど容易なことであった。
時にうっかり荷を落とす気性の荒いユニコーンが、いつの間にやら⋯人間の海棠を、鐙も鞍も手綱すらなく背に乗せて歩くくらいに手なづけていったのである。
そして海棠もまた、サッカーで培ったリスペクト精神を損なうことなく⋯惜しみなくケアするのだった。
鐘山の油洗文化に感化され、持ち歩いていた羊脂。それを、スパイクをメンテするミンクオイルの如く⋯䑏疏の蹄と、角とを保護する為に塗っていく。掌で溶かしながらゆっくりと 丁寧に塗り込み、仕上げに獣革で磨き上げていった。
初めこそ「なにごと?」と言わんばかりに耳をパタパタさせ暴れていた䑏疏も、海棠の迷いのない、手慣れた手つきに⋯うっとりと満足そうに鼻息を漏らすようになるのだから、これまた珍獣遣いである。おまけに希少な鐘山の馬油を、毛並みを整える為に【馬】に使ってしまう采配も滑稽に見えて理にかなっていた。鐘山の神秘的な霊気を含んだ、吸い込まれそうなほど深い【極上の艶】を演出していったのだ。
こうして日々世話になり、世話をし、共に旅するうちに、軍馬にしようとなどと浅はかな考えなどとうに消え去って―⋯まさに人馬融和。
さて。
博益の提案で最初に訪れた場所は―⋯、禹后による治水によって住めるようになった土地。地形に合わせてぐるっと囲むようにして造られた黄土の城壁。その、強固さが―⋯防御の要として存在感を示していた。
(なるほど。有昧で私が作った槍など、一撃でポキリ、だ)
石のようなそれを手で叩きながら、見事な古代の版築技術に敬服する海棠であったが、ここでリアルユニコーン・䑏疏を手放すこととなる。
その理由は「ここに連れて行ったら、たちまち【商い】に利用させるぞ」という博益の忠告があったからだ。
元来なら、并州の広大な大地を自由に駆ける一角獣だ。すっかり馴染んでいたがゆえに別れ難いが⋯海棠の脳裏には童謡「ドナドナ」が流れ、その感じることもできぬ悲哀の世界を覗き見するような、妙な感覚に陥っていく。
「【ドナドナ】は駄目だ。さよなら、䑏疏⋯!!また絶対何処かで」
懸命に手を振る海棠と、
「心拍数、変化なし」と冷静に彼女を分析する豎亥の相反するコントラストに⋯博益は苦笑するのであった。
そう、海棠は哀の感情を抱くことはできない。
代わりに、遠く何処かでそれを肩代わりする者がいるだなんて⋯誰も知る由もなかったのだ。
一方の䑏疏は、重たい荷から開放されたというのに、名残り惜しいのかトボトボと数歩歩いては、何度も何度も振り返り―⋯。
けれど、去り際はまるで一筋の閃光のように。一瞬にして、その姿を消したのだった。

