泣けない私と、笑顔をくれる年下彼氏の溺愛処方箋(レシピ) ~体が若返っても、愛してくれますか?~

25.皐月の食卓(いちごの知らせ)



 最近変わったことが起きている。

 冷蔵庫にイチゴのパックがいつも五、六箱備えられているのだ。
 品種は、とちおとめ、スカイベリー、とちあいか、と栃木県産のものが多い。
「そうね、いろいろ食べてみたけど、今はこの三種類が好みかな?」
 スミレはそう言って、洗ったイチゴを小皿に載せてテーブルに置いてくれた。そこそこの量のイチゴが冷蔵庫に常備されているにも関わらず、僕がこうやって食後のデザートとして食べる機会は、実はそんなに多くない。
どうしてか?考えられる答えは一つだけ。
 スミレがほとんど食べてしまっているのだ。「スミレって、そんなにイチゴ、好きだっけ?」
「うん、昔から好きだったけど、最近は食欲がない時でもおいしく食べられるから」
 冷蔵庫のイチゴのパックの減り具合と増え具合から推察するに、スミレは一日に二、三パックは食べているのではないか?
「食欲がない時って、結構あるの?」
「……うん、最近増えたかも」
 そういえば食事の際、スミレの食器に盛られる食べ物の量が少ないような気がする。この会話のやりとりで、結婚披露パーティーの時に姉が両親に話していたことを思い出した。姉には二歳の男の子、レン君がいて、パーティーの時は、その子を旦那さんに任せて出席していた。
「いやー、レンがお腹の中にいる時、つわりがひどくてさー、何にも食べられないんだけど、これならいくらでも食べられちゃうのよね。ほんと助かったわ」
 姉はビュッフェスタイルのサラダコーナーからプチトマトを小皿に盛り、パクパク食べながら、自分の出産体験記を披露していた。当時、冷蔵庫の中はプチトマトのパックがいっぱいだったそうだ。
「ヨウ、だからスミレさんの変化も見逃さないんだよ」

 僕は、スミレに切り出す。
「あのさ、明日、病院に行って診てもらわない?」
「診てもらうって……陽君もそう思うの?」
 結婚してから僕の呼び方は、『高野君』から『陽君』に変わった。少し照れる。
 実質、僕の方が年上になったが、スミレにとっては今でも年下(ガキ)なのかもしれない。「なんだ、スミレも気づいていたのか」
「うん。多分そうかもって。そろそろお医者さんに行ってみようかなって思っていたの」

 翌日の午前、僕は半休をとり、ミニにスミレを乗せ、産婦人科に連れていった。スミレが休みをいただく連絡を大野店長にメッセージで送ると、お勧めの病院をいくつか教えてくれたそうだ。さすが察しがいい。
 なるべく揺れの少ないよう、僕は慎重に運転した。

「おめでとうございます。妊娠六週目ですね。そして……胎嚢、つまり赤ちゃんが入っている部屋が……二つあります」
「二つ、ということは……」
「はい、双子ちゃんですね」
 診察してくれた女医さんがにこやかに説明してくれた。僕とスミレは顔を見合わせる。「ご安心くださいな。うち(当医院)では、双子の赤ちゃんの出産は、しょっちゅう手がけていますから」
今後の手続きや定期検診の説明を受け、病院を後にした。
 帰りの車の運転は、いやでも慎重になる。
「なんか、免許取り立ての人の運転みたい」
 スミレがからかう。

 家に着くと、早速スミレが大きめの皿にイチゴを並べた。
「これからヘアサロンの仕事、どうするの?」
「そうね、立ち仕事だし、お医者さんと大野店長と相談しながらかな……でも、なるべく働いていたい」
「まあ、無理しないで……あ、ゴメン、忘れてた。……おめでとう」
「ふふふ。ありがとう。でもあなたの子供たちよ」
僕はイチゴを五、六個つまみ、残りはスミレに譲って、仕事に向かった。

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