「第2回1話だけ大賞参加」愛の偏差値、測定不能! ~私たち、手をつなぐ相手を間違えました

# プロローグ:革命前夜のカーテンコール

暗転したステージの向こうから、地鳴りのような歓声が押し寄せてくる。
「生徒会! 生徒会!」
「綾子様ー!」
「幸三郎くーん!」

無数のサイリウムの光が、重たい緞帳(どんちょう)の隙間から漏れ出し、私たちの足元を切り裂くように照らしていた。

舞台袖の暗がり。

私の隣には、いつものように北山幸三郎が立っている。

私にだけ聞こえる声で囁いた。
「……震えてるのか、会長?」

「武者震いよ。あなたこそ、歌詞飛ばしたら承知しないから」

「ハッ、知ってるだろ? 俺はステージで本領を発揮するタイプなんだ」
そう言って彼はニヤリと笑い、私の手を握る。その手は熱く、力強い。けれど、そこに恋慕の情は一ミリもない。あるのは、これから共犯者として戦場に向かう『同志』としての、硬質な信頼だけだ。

ふと、視線を感じて振り返る。

私の背後には、同じく出番を待つ会計の三条哲也と、書記の京野ハル。

ハルは、緊張で少し青ざめた顔をして、自分の衣装のリボンをギュッと握りしめていた。

その視線が、暗闇の中で私と絡み合う。


――大丈夫。

私は、繋がれていない方の手で、小さく親指を立ててみせた。

ハルの瞳が揺れ、そしてふわりと、花が咲くように微笑む。

その笑顔を見た瞬間、私の体から恐怖が消え失せた。


ああ、滑稽だ。

観客席の生徒たちは、これから私たちが『理想の男女カップル』として、甘いラブソングを歌うと信じて疑っていない。

校則に従った、模範解答のような愛の歌を。


でも、残念。

今から私たちがこのマイクで叫ぶのは、そんな綺麗なものじゃない。

もっと泥臭くて、情念たっぷりで、計算式じゃ割り切れない「本当の愛」だ。


幸三郎が、哲也と視線だけで合図を交わすのが見えた。

哲也が、眼鏡の奥で鋭く頷く。

ハルが、小さく息を吸い込む。

「行くぞ、愛求学園生徒会」

幸三郎の低い号令。


イントロが鳴り響き、少し遅れて幕が開く。

それは、この学園の常識をぶち壊す、不協和音のミュージカル。

私は、隣にいる『元恋人、そして偽りの恋人』の手を強く握り直し、眩しい光の中へと一歩を踏み出した。

『学校公認の嘘カップル』も、今日まで。

さあ、行こう。
そしてみんなに教えてあげよう。

これが、私たちが求めてやまない『愛』よ。

この春に出会った私たちが創り上げた、新しい方程式を。


# 校長は、入学式の式辞に『超愛』を叫ぶ

<私立愛求学園 新入生、京野ハルの脳内日記より>

「よう、ハル」

 生徒用の玄関の前で新入生のクラス分けの掲示を見ていたら、背後から声をかけてきたのは、中学の同級生、三条哲也だ。というより、彼は小学生のときからずっとアタシと一緒の学校なのだ。『二人はつきあってるの?』とよく聞かれて冷やかされ続けてきたか、正直よくわからない。一緒にいる時間が長いのと、なんかもう自然で二人の関係がなんなのか、正しく答えられない。
 でもね、周りの生徒たちは彼はただの(?)『秀才君』だと思っているけど、そうじゃない。銀縁の眼鏡をはずすと、なかなかクールなイケメン……でも、ちょっと弱気なところもあって、長年つきあっているけど、そのギャップには、未だにキュンとくる。あれ、やっぱアタシ、彼のこと、好きなのかな?

「お互い入学おめでとう……でもクラスは違うみたいね。哲也はC組、アタシはB組」
「そうだな、でもまあ教室は隣同士みたいだし」
「隣同士だから?」
「い、いやその……いつでも話せるだろ」
 そう。哲也もアタシも『クラスが違って残念だったね、もっともっと一緒にいたかったのに』と言い出せないから、この腐れ縁関係が足かけ十年続いてしまってるんだ。

「新入生のみなさん、一旦自分のクラスに入ってください。その後、すぐに入学式ですので、案内係の指示に従って体育館に入ってもらいます。下駄箱にはクラスと生徒番号が表示されているので靴はそこで履き替えてください」
 誘導係と腕章をつけた男子生徒がメガホンでがなりたてる。
 じゃあまたあとで、と哲也に手を振る。



「では、ただ今より入学式を開始します」

 ステージ脇のスタンドマイクで司会の生徒が一声を発した。
 新入生は、大きな体育館のフロア部分に並べられたパイプ椅子に着席しており、二、三年生は、体育館両側の観客席に座っている。

「まずはじめに校長先生より、お祝いのお言葉をいただきます」
「ハイ!」
 ステージ下には、新入生に向き合う形で先生方、来賓の方々が座っておられ、その中から一人の女性が元気よく返事をし、スクッと立ち上がった。

 ステップを上がってステージに向かう女性は、アタシたちと同じ制服姿だ!?

「さっき、司会の人、校長先生のあいさつって言ったよね?」
「ひょっとして生徒会長の間違い?……まさか新入生代表?」
 フロアがざわつく。
 観客席の二、三年生の席からは『あちゃー、やっぱやったか』とか『こないだの卒業式もそうだったよな』とかの声も聞こえる。
 主賓席の鬼瓦のような顔をした大柄なおじさんが頭に手を当ててうつむいた。

 その女子生徒は演壇に立つと、姿勢を正し、まるでキャビンアテンダントかホテルのスタッフの方みたいに優雅にお辞儀をし、顔を上げるとニッコリと微笑んだ。

「新入生のみなさま、愛求学園にようこそ。そしてご入学おめでとうございます」
 品格を感じる声でお祝いの言葉が発せられた。やはり生徒会長だろうか?

 その女子生徒は、両手を肩の高さまであげ、自分の体を見回して言った。
「今年度から制服変えてみたの。これ、なかなかいいでしょ? 私、似合ってるよね、ね! ね?」
 フロアのザワザワが大きくなる。

「あ、ごめん、自己紹介するの忘れてた。私、この学校の校長をやってる、桜羽 遥(さくらば はるか)って言います!」

 一瞬静まり返ったあと、さらに大きなざわめきが起き、二、三年生の席からは『ハルカ先生、似合ってるよー!』とヤジが飛ぶ。

 校長生成は、片手を上げ、ざわめきを鎮める。
「よくさー、長くてつまんない話の例えで、『校長先生のあいさつ』って揶揄(やゆ)されるじゃない? 私、そんな風に言われるの、ヤだから、ちょびっとしか喋んないわよ。だからみんな、聞き逃さないようにしてね♡」

 そう言って先生は演壇の前に出てステージのヘリに立った。
「あ、その前に……この学校の名前はなんだったっけ?」
 JK制服姿の校長先生が首を傾け、回答を促す。

「あ、愛求学園です」
 沈黙に耐えられなかったのか、男子新入生の誰かが答える。

「グッド! ていうか誰でもわかるか……じゃあさ、この学校の『建学の精神』て知ってる?」
 先生は片手を上げて、フロアを見回す。

「あ、愛の探求……ですか?」
 今度は女子生徒が答えた。

「おーっ、よくわかったね! っていうか、学園の名前そのものよね……この言葉には、生徒たちがお互いに愛を抱き、尊重しあい、学園生活とその後の人生を幸せに送れるように学ぼうね、という願いが込められているのよ」

 『校長先生、めずらしくマトモなこと言っている!』と二階の観客席からヤジが飛び、笑いが起きる。

「それでですね……いきなりまとめます!」
 そう言って先生は片手をまっすぐ上げて、天井を指した。

「あなたたち新入生に贈るお祝いの言葉は……」
 場内が静まる。


「その言葉は……『超・愛』スーパー・ラブ! です。 みんな、おめでとう」
 
 そして校長先生はまた姿勢を正し、キャビンアテンダントみたいに優雅にお辞儀した。

 アタシたち新入生たちは拍手をするのも忘れ、足早にステージを下りる制服姿の先生を呆然と眺めていた。

 私は思った。いやきっとみんな同じ風に思っているに違いない。
 この学校は、県下では有数の進学校だということで、がんばって受験勉強してココに入ったけど、大丈夫だろうか?……と。
 
 校長先生がユニークだって噂ではちょっと聞いたことがあったけど、JKの制服を着て入学式に出席して『スーパー・ラブ!』て叫ぶなんて。
 在校生から少しヤジが飛んでたけど(それもどうかと思うけど)、みんなそんなに驚いてなかったし、前に並んでおられる先生や招待の方々はわりと落ち着いていて……というかこれ、諦めの表情ね。

「……校長先生、ありがとうございました。続きまして、生徒会長と副会長からあいさつがあります。桜羽会長、倭(やまと)副会長、お願いします」

 え、桜羽さん? 校長先生と同じ苗字?

 男女の生徒が演壇に立ち、礼をした。

「新入生の皆さま、本日はご入学おめでとうございます。生徒会長の桜羽夏鈴(さくらば かりん)と申します。えーと、すぐわかってしまうことなのでネタバレしますと、名前から察せられる通り、私は校長先生の親族、従妹です。あ、でも特別に贔屓なんてしてもらってませんよ……ちょっと暑っ苦しく『溺愛』されてますけど」

 会場からクスクスと笑いが起きた。小柄で可愛い会長さんもニッコリと笑った。

「会長、いいツカミかたやわ」
 会長さんの隣りの男子生徒が合いの手を入れた。

「あ、忘れてました。私の隣りにいるのは、副会長の倭 丈瑠(やまと たける)です」
「えー、ただいまご紹介いただきました、ジブン、ヤマトタケル言います。みなさん、ご入学……」

「では、話を先に進めます。」
 会長さんが割って入り、そんなもうちょっと喋らせてえなーと副会長さんがブツブツ言っている。夫婦漫才か?

「さきほど校長先生のごあいさつで、いきなり『超・愛、スーパー・ラブよ!(声真似)』なんてキーワードが出てきましたけど、少しかみ砕いて説明しておきます」

 会長さんはコホンと咳払いして続ける。
「わが校では、三年前、さきほどみなさんが答えてくれた建学精神に乗っ取り、ただの精神論だけでなく教育プログラムや評価制度の改革を行いました。当時の生徒会長と校長先生がタッグを組んで作り上げた、『愛の結晶』です。
 そう言って、会長さんはなにか意味ありげにニヤリと笑った。

「愛とは何か? それを『ルダス、プラグマ、ストルゲ、アガペー、エロス、マニア』の六つに分解して、自分の周囲との人間関係において、どのような愛を持って接するべきかを相手を思いやる気持ちとともに考え、実践していこうというものです」
「このとりくみを始めてから、生徒同士の人間関係もよくなって、ご家族や近隣の方々からも評判ええんですわ」
 タケルが補足し、ドヤ顔を見せる。
 それを無視して可愛い会長さんが話を進める。
「この成果を踏まえ、さらに次を目指そうか、と生徒会のメンバーや校長先生と話している最中なんです」
「えーっと、それ具体的にどないなことやろか?」
「いやそれ、アンタも、じゃなかったヤマト君とも話したと思うけど。特にあなたにも十分関係があることなのに」
「そやったやろか? まあそんな冷たいこと言わんといて、ヒントだけでも……」
会場から笑いが起きる。

「どっちみち、新入生のみなさんに話そうと思ってたことだからいいけど」
会長さんは、私たちに向き直り、口を開ける。
「今、ジェンダーレスやLGBTQなど、従来の固定観念に縛られない人間関係のあり方や社会制度の見直しなどが進んでいます。しかし、学校という社会は、このような動きから一歩も二歩も遅れているのが現実と言わざるを得ません。そこでわが校が先駆けてこのような古い習慣や考え方を崩し、超えていこうと考えているわけです」

「なるほど、それで『スーパー・ラブ』ちゅうわけやね!」
「……その安っぽい通販番組みたいな合いの手の入れ方、やめてくれない?」

 再び新入生の間から笑いが起きる、このお二人、息があってるんだかあってないんだかよくわからないけど、これはこれで面白いな。

 気を取り直して、副会長さんが質問する。
「で、『スーパー・ラブ』っちゅうのは、具体的にどないなことすんの?」
「……そうね、それを生徒会役員が中心となって、みんなで考えて行かなくちゃいけないんだけど……実をいうとね、この学校の生徒会役員の任期は五月までで、六月から新役員で運営されるの。だから、『スーパー・ラブ』に関しては新メンバーに引き継いで考えてもらうことになるわ」

「そうすると、これからすぐに生徒会役員の選挙があるっていうことでんな?」
「そう。で、生徒会は一、二年生が中心メンバーになるから、新入生のみなさんにもぜひ参加して欲しいの」
「ははー、さては桜羽会長はん、生徒会からの入学祝いのあいさつの時間を利用して、生徒会役員の勧誘をしようっていう魂胆やったんやな?」
「まあ、そういうこと」

 小柄な生徒会長は、体育館の座席全体をぐるりと見回す。
「新入生のみなさん、二年生のみなさん、生徒会に積極的に参加して、より楽しい学園生活を送りましょうね! あ、私と、このヤマト君は六月からも『生徒会アドバイザーと』してサポートするから安心してね」
「え!? ジブンも残るん?」
 副会長が驚きながら自分を指さす。
「あったりまえじゃない! どうも失礼しましたー!」
 会長は副会長の頭を無理やり押さえ、二人で一礼して、ステージを下りた……と思ったらまた上がって来た!?

 生徒会長がちょこんと頭を下げる
「あの、忘れてました……せっかくなんで、みなさんへお祝いの歌を贈ります」

 フロアと二階席の照明が落ちたと思ったら、スピーカーから音楽が音楽が流れてきた……なんか演歌調なんだけど、まさかこれ、校歌、じゃないよね?

 ステージ脇のスタッフから会長と副会長にハンドマイクが手渡された。
 スポットライトが二人を浮かび上がらせ、ステージ後ろの白い壁は、色鮮やかな間接照明で照らされた。

♪~


学び舎の 門をくぐれば
幼馴染の 面影ひとつ
クラスは違えど 隣の窓に
変わらぬ笑顔 ほの灯る

♥♠
ああ… 超・愛 よ スーパー・ラブ
胸にこだまする 熱き言葉
若き命の 旅立ちの時
未来に向かい 共に歩まん


見慣れぬ制服 まとう姿に
希望と不安 交差する胸よ
ハルカ遠くで鳴り響く
熱い叫びが 心を揺さぶる

♥♠
ああ… 超・愛 よ スーパー・ラブ
胸にこだまする 熱き言葉
若き命の 旅立ちの時
未来に向かい 共に歩まん


カリンな花が ささやく言葉は
愛の六つの カタチとなる

古き慣わし 打ち破りて
新たな時代を 築きゆくと

♥♠
ああ… 超・愛 よ スーパー・ラブ
胸にこだまする 熱き言葉
若き命の 旅立ちの時
未来に向かい 共に歩まん

♥♠
さあ、友よ 顔を上げ
明日への道を 照らそうじゃないか
この学び舎で 出会えた奇跡
胸に抱きしめ 進むんだ

~♪
「愛を超えて」
作詞作曲:桜羽 遥

 二人はマイクを降ろすと、一礼した。
 パラパラとまばらな拍手の中、今度こそ本当にステージを下りた。
 アタシたち新入生は、不安気にお互い顔を見合わせる。

「キャー! カリンちゃん、ステキー!」
 と声をあげ、推しうちわをバタバタと振っている女子生徒は……よく見ると校長先生だった。
 次は私歌うー! とステージに上がろうとしていたが、スタッフの生徒たちに取り押さえられていた……

 ……入学祝いのあいさつだかなんだか、わかんなくなったけど、この学校がよそと違う取り組みをしていることは十分にわかった。
 でも、生徒会の仕事は雑務やらなにやら、やることがいっぱいあって大変だって聞くし、おまけに全校生徒の前で歌を歌うなんて……
 生徒会役員なんてとてもやりたがる人はいないだろう。


 もちろんアタシだって立候補する気なんか、これっぽっちも無いけど。


現役生徒会役員から、あなたとわたしにラブコール。

 <二年生、生徒会副会長、叶野綾子の生徒会日誌より再現>

「綾子、そろそろ『待ち伏せ』の時間だぞ」
 今年度の生徒会予算・実績の収支報告案に目を通していたら、ついつい時間を忘れ、書記の北山幸三郎 から声がかかった。
「ああごめん、つい夢中になってしまった」
「はは、文系クラス万年一位の集中力は、さすが大したもんだ」
「茶化さないでよ! それより、例の二人、ちゃんと捕まるだろうか?」
「ああ、ヤマトタケル副会長のリサーチによれば、ほぼ毎日一緒に登下校してるみたいだぜ」
「うわ、タケル先輩、ストーカーみたいでキモイ……でもその二人、私たちが目をつけた通り、理想のカップルのようだな」
「あとは綾子の腕次第だ」
「いや、こういうのはあなたが得意だろう? 人当たりいいんだし」

 私たちは急いでパソコンをシャットダウンし、資料を片づけ、生徒会室のドアに鍵をかけて生徒の昇降口へと急いだ。

 下履きに履き替え、校門のあたりで待っていると、制服がちょっと大きめで初々しい男女二人の生徒が一年生の昇降口から何やら会話をしながら出てきた。


「突然すまない…あなたたち、一年の京野ハルさんと三条哲也君で間違いないか?」
 二人は私たちの前で立ち止まり、ちょっと緊張した面持ちで私を見た。
 そう、よく言われることだが、どうも私には近寄りがたい雰囲気があるらしい。だから、横にいる幸三郎に、目くばせでバトンを渡す。
「ああ、ごめんごめん、俺は生徒会の会計をやっている、北山。そんで、こっちの美人さんが、副会長の綾子……叶野綾子」
「こ、こんにちは、お二人は確か入学式の時も、生徒会役員席でお見かけしたような気がします」
 メガネのフレームをいじりながら、三条君が答えた。
「わお、覚えてくれていて光栄だね……なにせ、会長の夏鈴先輩と副会長のタケル先輩はクセツヨだからね、あっ、校長先生も……」
 私はコホンと咳をして再び口を開く。
「実は二人に相談があるのだが、ちょっと時間もらえるだろうか?」
 二人の一年生は顔を見合わせ、向き直ると小さく頷いた。
「おし、じゃあお茶奢るから、あそこのカフェ『アルレッキーノ』に行こう!」
 その店は高校の目の前にあって、美味しいコーヒーや紅茶が飲めるが少し高いのでわが校で利用する生徒は少ないので、こういう話をするときは都合がいい。校長先生へのつけ払いもできる。

 男子二人は『本日のコーヒー』を、私と京野さんはダージリンのミルクティーを頼んだ。

「でもさ、二人にちゃんと俺たちのことも覚えていてくれて嬉しいよ」
 幸三郎が外での話の続きを振る。
「それはですね、お二人が並んで座っているのを見て、なんかお似合いだなって思ったからなんです……美男美女ですし」
 ちょっと頬を赤らめながら京野さんが答えた。きっと私の顔も赤くなっている……
「それに、お二人、よく一緒におられますよね? よく校内で見かけます。理想のカップルって感じで」
 北山君も賛同する。
「いやー無茶苦茶照れるなあ、俺たちそんな風に見えてたんだ」
 そう言って隣りに座っている私をチラッと見た。肘で小突いて、話を先に進めるよう催促した。

 コーヒー・紅茶が運ばれてきたところで幸三郎が話を続ける。

「そうそう、その『理想のカップル』と言えばさ、君たちもそうじゃないかな?」
「「え!」」
 二人は顔を見合わせ、お互いすぐに目を逸らした。
「僕たち、そんな風に見えますか?」
 そう答えた北山君の顔を見て、京野さんは少し表情が翳った。
「うんうん、見える見える……だからね、二人にお願いがあるんだ……今度の生徒会役員の選挙に立候補してもらえないだろうか?」

「「ええー!」」
 予想通りの反応ではある。北山君は危うくコーヒーを吹き出しそうになった。

「その……理想のカップルと生徒会の立候補ってどういう関係があるんですか?」
 京野さんが訝しそうな顔をする。

「それは当然の疑問だ。生徒会役員の選出方法は、わが校独特のものだからな」
 それだけ言って後の説明は幸三郎に任せた。
「これも、わが校の建学の精神から来ているんだけど、入学式の時、愛の探求……生徒たちがお互いに愛を抱き、尊重しあい、学園生活とその後の人生を幸せに送れるように学ぼうって話が校長先生からあったと思うんだけど、それなら、その模範となれるようなカップルが生徒の代表になるべきだってことで、こうやって君たちみたいな理想のカップルを見つけ出して、スカウトしてるってわけなんだ」

 一年生二人は再び顔を見合わせ、京野さんが困ったような表情をして口を開いた。
「あの……理想のカップルかどうかは置いといて、アタシ、勉強できる方じゃないし、生徒会の役員の仕事って大変だって聞くし、ちゃんと務まるとは思えないし……」
「心配に及ばない。生徒会の仕事をよく知らない生徒が憶測で噂している、というのもあるし、わが校の生徒会では、サポートスタッフ制というシステムがあって……準役員みたいなものだな。彼女ら彼らがアシストしてくれるので、ひと昔前に比べて役員の負担は大幅に軽減されている。これは、少し前の生徒会長の榊原さんが作り上げたしくみらしい」

 OB会長の名前を出した途端、京野さんが目を輝かせた。彼女は感情の起伏が割と顔に出やすいタイプのようで、人懐っこい小動物のような可愛らしさがある。
「あの、これも噂話なんですけど……その榊原さんって、在学中から校長先生とおつき合いしているとか、してないとか……」
 思いがけないリアクションだが、これはチャンスだ。うまく利用したい。
「ほう、そのことに興味があるのか……まあ、プライベートなことではあるが、生徒会役員になれば色々情報を共有できるのだが」
「そ、そうでなんですか?」
「それにね、生徒会役員になると、内申点にかなりプラスに働くぞ」
 幸三郎が追い打ちをかける。これには北山君が強く反応した。
「それ、本当ですか⁉」
「ああ、わが校独自の教育・評価プログラム『IQ(愛求)指数』というのは知っているだろう。生徒会活動は、このプログラムの対象になっていて、関連する評価項目にかなり上乗せされるんだ……これも榊原先輩の代に確立されたらしい」

 それを聞いて、一年男子の目の色が変わった。
「ハル、僕たちが『理想のカップル』かどうかは置いておいて、これは悪い話じゃない。どうだ、一緒に立候補しないか?」
 一方の一年女子が再び表情を曇らたのを私は見逃さなかった。彼女はポソっとつぶやいた。
「哲也がいいならいいよ。『理想のカップル』かどうかは置いてといてね」

「おう! 二人ともありがとう。ああ、言い忘れたが、もちろん綾子と俺もペアで立候補する。現会長の桜羽先輩に強く勧められてね……そして得票が上位の二カップルが役員の幹部として選ばれ、そのメンバー間で会長、副会長、会計そして書記を決める」

「それは心強いです……そう言えば、入学式の時、桜羽会長が今後の生徒会の活動として、『ジェンダーレスやLGBTQなど、従来の固定観念に縛られない人間関係の古い習慣や考え方を崩し、超えていこう』というようなことを話していたと思いますが、もしそうなら、『男女のカップルが生徒会立候補の条件』っていうのはなんだか矛盾していませんか?」

 京野さんからの鋭い指摘だ。私はどう答えるべきか頭の中を整理し、少し間を置いて答えた。

「ふむ、いい質問だ。その件については、生徒会の中でも意見が分かれているというのが実情だ。桜羽先輩がああは言ったが、彼女は幾分前のめり気味なところがあってな……それでも、どうしていくかは今度の新生徒会に任せると言ってくれてはいる」

「叶野先輩はどう考えているんですか?」
 北山君が眼鏡を光らせ、聞いてきた。

「そうだな……私見として聞いて欲しいが、決して同性同士が愛することを決して否定はしないが、まずは、男女のペアが恋愛でも結婚でも基本なのではないかと考えている」
「僕もそう考えています。子孫を後世に残していく、という意味合いにおいても」
 ヤマトタケル先輩のリサーチによると、彼は確か理系男子のはずだ。

「まあ、その議論は、新生徒会でじっくくりやろう」
 幸三郎がそうまとめた後は、今後の手続きなどなLINEでやりとりすることにして、少々雑談をしてその場はお開きになった。

#愛を熱く語れ、生徒会総選挙!

 アタシ、京野ハル、十六歳。

 今、生徒会役員立候補討論会のステージ上にいます。

 それは、いいんだけど。だって、叶野先輩と北山先輩に立候補するって言っちゃったし。

 でも。

 でも……

 どうしてこうなった!


「さあさあ皆さん、盛り上がってるー!?」

 桜羽夏鈴現会長がマイク片手にステージを跳ね回る。
「新入生のフレッシュな二人に、エールを送るわよ!

 私が『ハル&テツヤ』って言ったら、みんなは『フォーエバー!』って叫んでね!」

「えっ、ちょ、何それ!?」

 アタシが慌てる間もなく、先輩が叫ぶ。
「未来の生徒会へ愛をこめてー! ハル&テツヤ!」

『フォーエバー!!』  地鳴りのような声。
 校長先生、ジャンプしながら叫んでるし。

「聞こえなーい! もっと愛をちょーだい! ハル&テツヤ!」

『フォーエバー!!』

「ラストォ! 二人の愛はー!?」 『不滅ぅぅぅ!!』

 とまあこんな風に、アタシと哲也が演説してると、夏鈴先輩のリードでコール&レスポンスが始まって。
 制服姿の校長先生が音頭をとって女子生徒と一緒に『ハル&テツヤLOVE!』て描かれた推しうちわとサイリウムを振ってるし……

 そして。
 やな予感はしていたが……

 何で歌わなくちゃいけないの!!!!

 軽音部の部長が作曲してくれるから。
 伴走もつけてくれるから。

 この学校への思いを歌詞にして歌ってくれればいいよって。

 テツヤとアタシのデュエット。

 ああ、イントロが始まってしまった。
「……もう、帰りたい」
 アタシが顔を覆う横で、哲也が死んだ魚のような目でマイクを握りしめていた。
「諦めろハル。……イントロ、来るぞ」
♪ ~


教科書の隅 書いた落書き いつも隣に お前の横顔 幼馴染(ともだち)なんて
便利なラベル 剥がせないまま 十年過ぎた


上履きの音 廊下に響く あと5センチが 縮まらないの 「おはよう」の声 
それだけでいい 胸の奥では 痛いほど

♥♠
この手が 触れ合う距離なのに 僕らは 見えない線を引く
名前のない この関係に いつか答えを 出せるのかな


誰より近くに いるはずなのに

誰より遠くに 感じてる

♥♠
桜舞う空 君を見上げた まだ「好き」とは 呼べない春

~♪
「たった5センチメートルの境界線」
作詞:京野 ハル 作曲:軽音部部長 


……こうして、アタシたち二人は見事、生徒会役員に選ばれ、叶野先輩、北山先輩とともに私立愛求学園の生徒たちの代表となった。

この時はまだ、私たち四人の関係が大きく変わることになるとは、夢にも思っていなかった。

(了)
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