妹に代わり泉に身を投げた私、湖底の街で愛を知る 〜虐げられた私が幸せを築くまで〜
 彼の安堵した表情に、私が目を奪われている間……アダン様は肩に置いていた手をゆっくりと上へ、上へと移動させていた。
 アダン様の洗練された所作が美しい、と思った。私が一番近くで見ていたのは公爵家の人たちであったが、彼らの所作はアダン様と比べると、子どもと大人くらいの差があるようだ。
 無駄のない……けれども滑らかな所作ひとつひとつが私の心を絡め取っていく。
 
 そして彼から目を離せないまま呆然と見つめていた私は、何かが頬に触れたような……微かな熱を感じた。その温もりが実は彼の手であることに気づくまで、幾ばくか時間がかかってしまった。
 アダン様の手は、まるで私の頬に触れることが自然で当たり前のように優しい。

 ――頬の温もりを……この優しい温もりに浸っていたい。

 心の奥底で、どうも私はそう願っていたようだ。
 無意識のうちに、私の頬に触れられたアダン様の手を両手で包み込んでいた。そしてより熱を感じることができるように……自分から彼の手に頬を擦り寄せる。

 その瞬間、アダン様の肩が小さく跳ねた。
 アダン様もどうやら意識せずに私に触れていたのか……正気に戻った彼は、私が彼の手に頬をくっつけているところを見て、目を丸くしている。
 そんな彼に私は微笑んだ。

「気にかけていただき……ありがとうございます」

 頭を軽く下げて元に戻すと、偶然アダン様と視線がぶつかった。私は彼の美しい青空のような瞳に見惚れてしまう。
 アダン様も私から顔を逸らすことなく、私の目を覗き込んでいるようだ。

 一秒、二秒、三秒……私はまるでアダン様の瞳に絡め取られたかのように、目を逸らすことができない。
 そして無意識のうちに顔を近づけていたのか、段々とアダン様との距離が近くなり――

「二人とも、そろそろ良いかなぁ?」

 セファーさんの声で我に返った私は、声の方へと顔を向ける。
 そこにいた彼は、まるで面白いものを見るかのようにニヤニヤと楽しそうな笑みを見せていた。私は恥ずかしさから顔を背ける。すると目に飛び込んできたのは、アダン様の唇だった。
 セファーさんが声を掛けなければ、私はアダン様と接吻を……。そこまで考えてから、一瞬で顔に熱が集まってくる。
 頬を触ると、冷えた手のひらが気持ち良い……と感じるくらい頬に熱が集まっていた。
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