手を、つないで
1.茉歩
「中森さん」
低めの、響きのある声。
いわゆるイケボではないけれど、私の好み。
少し掠れているのは、寝不足のせいだろう。
振り返ると、私に向かって手を差し出す。
その手には、見覚えのあるハンカチ。
「あっ、すみません」
私のだった。ビルの入口を入ったところで汗をふいて、しまい損なって落としたらしい。
「ありがとうございます」
受け取って、頭を下げる。
彼は目礼して去っていく。
彼の、手が好きだ。
大きくて、少し骨ばっている。節くれだった長い指。
物を大切に扱う手。普段の仕草を見てるとわかる。
あの手に触れたら、どんな感じなんだろう。
手をつないだら。
頭をなでられたら。
頬にふれられて、抱き寄せられて。
抱きしめられたらーーー。
ハッと我に返る。
いけないいけない。妄想癖が出てしまった。
ハンカチをポケットにしまう。
彼が拾ってくれたハンカチ。
そう思っただけで、ポケットがじわっと熱を持つ。
「茉歩、行こ」
前方から声がかかる。
隣の席の友人、三上早苗ちゃんだ。一緒にランチに出ていた。
「松永さん、相変わらずイケメンだね」
「そうだねえ……」
そう、彼は目元の涼しげな塩顔のイケメンだ。他部署から、目の保養として見に来る人がいるくらい。
表立って騒がれはしないけど、隠れファンは各所にいる。
でも無口過ぎる彼は、無表情でもあり、はっきり言ってとっつきにくい。
怖い印象なので、敬遠されがちだけど、周りからの信頼は厚い。彼を知る人は『松永がいれば間違いない』と、みんな口を揃える。
私もそう思う。前に同じチームで仕事をした時に感じた。
細やかで丁寧な作業、そして迅速。
一言で言うと『頼りになる』。
そう思うのは、当然私だけではない。周りはみんな頼りにする。
だから、彼はいつも忙しい。
無口なのは、おしゃべりしている時間がないからなのでは、と思ってしまう。残業は毎日のようにしているし、休憩をしているところも滅多に見ない。
息が詰まらないのかな、と心配してしまうくらいに。
一度、もしかして少し疲れてるのかな?と思った時があった。前に一緒のチームだった時、打ち合わせ中、いつもは聞かないため息が聞こえたのだ。
顔をよく見たら、目が赤い。なんとなくどんよりしていた。
ため息は小さいものだったし、他の人が話している間だったから、多分気がついたのは私だけだっただろう。
打ち合わせの後、渡す書類もあったので、一緒にコーヒーチョコレートを持っていった。袋詰めになっている個包装のをひとつ。私が、疲れた時に時々食べる。これを食べるともうひと頑張りできるというもの。
書類を渡した後、差し出した。
「良かったら。どうぞ」
彼は小さく「え」と言った。
「甘いの、平気なら」
私の手の平に乗っているコーヒーチョコと、私の顔を、交互に見て、表情はそのままに、彼は手を出した。
長い指がコーヒーチョコをつまみ上げる。
「……ありがとうございます」
手の平に少しだけさわった指は、あったかかった気がした。
その後、彼がコーヒーチョコを食べたのかどうかは、わからない。
午後の仕事中も、ポケットの中のハンカチはあったかかった。
なんの変哲もないタオルハンカチだけど、お気に入りになりそうだ。
そのおかげか、気分が上がって、仕事は捗った。
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