手を、つないで
2.航



「ありがとうございます」

 ハンカチを受け取った彼女が、僕に向かって頭を下げる。
 髪が揺れる。
 黒というよりは焦茶に近い。もともとの色で、染めたことはないと言っていた。
 まっすぐで、肩の少し下まである。いつも彼女が動くのに合わせて揺れる。

 見るたびに、いつも触れたくなる。



 彼女の周りは、空気がやわらかい。
 いつも、静かに人の話に耳を傾ける。
 穏やかで、和やか。

「中森さんって、いいよなー」
 こんなセリフはよく聞く。
「なんか、全部受け入れてくれそう」
 これもよく聞く。そんなわけないだろ。
「癒し系だよなー」
 勝手なことを言っている。彼女は癒そうとしているわけじゃない。

 以前、同じチームで仕事をした時があった。
 その時も、彼女は聞き役。やわらかい雰囲気で、みんなを包み込むような笑顔。穏やかに仕事は進んだ。
 驚くことに、彼女はそうしようと思ってしているわけではなかった。計算もなにもなく、素だった。どうりで自然だった。
 うらやましいと思った。
 同じ無口でも、自分は冷たいだの怖いだのと言われて敬遠されるのに。
 男女の違いもあるのかもしれない。
 でも1番の違いは。



 彼女が、下げていた頭を上げて、微笑んだ。

 これなんだ。
 この、笑顔。
 惹かれる。どうしようもなく。



 あの時もそうだった。
「良かったら。どうぞ」
 彼女の手の平に乗っていた、小さな包み。
「え」
 一瞬、なんのことかわからなくて、声が漏れた。
 彼女はやわらかく微笑む。
「甘いの、平気なら」
 包みは、お菓子。チョコレートみたいだ。一口サイズ。
 彼女は微笑んでいる。心なしか緊張しているみたいにも見える。緊張?なんでだ?ああ、俺、また怖がらせてるのか。
 これ以上怖がらせないように、ゆっくり手をのばす。
 彼女の手には触れないように、そっと包みだけを。と思ったのに、少しだけ手が触れてしまった。
 あっと思って彼女を見ると、まだ微笑んでくれていた。
 ホッとした。彼女の和やかな雰囲気を壊さずに済んだ。
「……ありがとうございます」
 絞り出すように御礼を言う。
 彼女は軽く頷いて、笑顔のまま去って行った。
 その笑顔に、惹かれていく自分を自覚した。

 彼女がくれたのは、コーヒーチョコレートだった。
 その時期は、いろんな仕事が重なって、はっきり言って疲れていた。でも、周りから頼りにされてるのはわかっていたし、それは嬉しいことだったから頑張っていた。キャパオーバー寸前まで。自分でも、いつプツンと切れてしまうかとおもっていた。
 コーヒーチョコは、それをつなぎ止めてくれた。
 甘過ぎないチョコと、コーヒーの風味が、疲れを吹き飛ばした。
 記憶の中の彼女の笑顔が、やる気を取り戻してくれた。



 その笑顔が、目の前にある。
 抱きしめたくなる衝動を抑えて、目礼して、その場を離れた。
 その日の午後は、やたらと順調に仕事が進んだ。





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