手を、つないで


「まっほー、お昼だよ」
 隣の席から声がかかる。早苗ちゃん。
「今日はどうする?ていうか、行ける?大分忙しいみたいだけど」
「うん、まあ忙しいね」
「なんか買ってこようか?」
「ううん、気分転換もしたいし」
 財布を持って立ち上がる。
「今日、お弁当にしない?コロッケ食べたい」
 早苗ちゃんは、近くのお弁当屋さんのコロッケ弁当が大好きだ。
 頷いて、私は何にしようか考える。私もコロッケにしようかな。
「茉歩、今日もすっごく集中してるね。やっぱりキツい?仕様変更」
「うんまあ……」
 集中してるのは別の理由なんだけど。良かった、そういう風に見えてるなら。私が浮ついて、彼に迷惑をかける訳にはいかない。
「大丈夫?なんか仕事してる以外の時は、ぽわ〜ってしてるけど」
 ドキッとする。
「熱でもあるんじゃない?」
 早苗ちゃんが心配そうに私を見る。
「ないない、大丈夫。疲れてるからじゃない?」
「そう?ならいいけど。無理しないでね。修正とか、言ってくれれば手伝うよ」
「うん。ありがと」
「なんかさあ……」
 顔を覗き込まれる。
「茉歩ちゃん、今日可愛いね」
「えっ?」
 早苗ちゃん、いきなり何を。
「なんていうかこう、ツヤッとしてる」
「え……」
 なにも変わってないつもりだったけど、なんで?
「なんとなく、だよ。メイク変えたりした?」
「特になんにも」
「そお?」
 頷くと、早苗ちゃんは話題を変えた。それ以上は突っ込まないでくれるみたい。

 ああびっくりした。彼とのことを知られたのかと思った。
 早苗ちゃんは物凄くカンが鋭い。普段から、どんな出来事に関しても。それは仕事にも生かされていて、1聞けば10のことを知り、望まれた以上のものを出す。
 うらやましいと思う。
 でも今は、その鋭さは閉まっておいてほしい。まだ、しばらく。

 コロッケ弁当を買って、会社の休憩スペースに行った。ここには小さいテーブルが2つと、窓側にカウンターがある。
 私たちの他には、弁当持参組がちらほら。
 彼の姿はない。彼はいつも外に出るか、自席にいる。自席にいる時は、外に行く時間なんかない時。そんな時は、昼食抜きか、シリアルバーとかで済ませている。さっきチラッと見たら席にはいなかったから、今日は外に出たんだと思う。
 私たちはカウンターの端に座った。
「まっほー今日残業?」
 早苗ちゃんがお弁当を開けながら聞く。
「うん、多分」
「そっかー……」
 なにか言いたげだ。私もお弁当を開けた。開けながら、早苗ちゃんを見る。
「私ね」
 声を潜めた。自然と顔を寄せ合う。
「今日デートなの」
「っ⁉︎」
 思わず大きな声を出しそうになって、飲み込んだ。
「え……誰と?」
 早苗ちゃんには彼氏はいないはずだ。学生の時に付き合っていた人とは就職してすぐに別れて、それ以来特定の人はいない。
「マチアプで、今日が初対面」
 マッチングアプリを始めたという話は聞いていた。そっか、マッチングする相手が見つかったんだね。
「近くの会社の人なんだ。この辺りの話しててね。いいお店があるから、そこで会いましょうかってことになって」
 なるほど、それはいい出会いかもしれない。
「緊張する〜」
「頑張って」
 早苗ちゃんは私よりもずっとおしゃべりが上手だ。きっとお相手とも楽しい会話ができると思う。

 楽しい会話。
 彼と……?
 想像しようとして、できなかった。
 黙って隣にいる姿は想像できる。でも気まずくない、和やかな空気。

「うまくいくといいね」
「ありがと」
 早苗ちゃんはコロッケを頬張って『相変わらずおいしい』とにこにこしている。
 私もコロッケを口に入れる。おいしい。

 彼の顔が頭に浮かんだ。このコロッケ、彼もおいしいって思ってくれるかな。
 一緒に食べたいな。

「ほら、なんかぽわ〜っとしてる」
「えっ」
 早苗ちゃん、そのカン引っ込めておいてください……。



 午後も、仕事に集中した。ほとんど休憩を取らなかったので、周りから心配されてしまった。
 だってこの部屋から出たら、彼と会ってしまうかもしれない。会ってしまったら、仕事なんて手につかなくなる。
 それがわかっていたから、動けなかった。お手洗いに行く時は、本当に慎重に周りを見て、廊下は早歩き、なるべく下を向いて。でも不自然じゃないように。
 幸い、彼には会わなかった。……ちょっとだけ、淋しかった。



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