夜明けが世界を染めるころ
ざわめきの中、私は一歩前に出た。

「そんなわけありません。トワが盗むなんて――」

声を張り上げた、その瞬間。

「ティアナ様」

背後から、静かな声が私を呼び止めた。

振り返ると、トワがいつもの無表情のまま立っている。

「問題ありません」

淡々と、事実を述べるように言った。

「疑われる理由があるなら、受け入れます。
騒ぎを大きくする必要はありません」

まるで自分のことではないかのような口調。

その言葉に、胸の奥が熱くなる。

「……どうしてそんな言い方をするの」

思わず、強い声が出た。

「あなたがやっていないなら、黙って受け入れる理由なんてないでしょう!」

周囲が静まり返る。

普段、感情を荒らげることのない私の声に、
大人たちも、子どもたちも息を呑んだ。

その中で――

トワだけが、明らかに動揺していた。

「……なぜ、怒るのですか」

わずかに見開かれた瞳。
ほんの小さな、けれど確かな揺らぎ。

「私は、困っていません」

「困ってなくても!」

言葉を遮るように叫ぶ。

「傷つけられていい理由にはならない!」


トワは言葉を失っていた。

自分のために声を荒げる人間を、
彼はこれまで一度も見たことがなかったように
責められても、奪われても、
ただ静かに受け入れるしかなかった、
そんな彼の感情が初めて揺れた瞬間だった。
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