夜明けが世界を染めるころ
私と殿下だけ部屋から取り残される。
出るタイミングを失った。
「君が助けに来てくれるとは、とても嬉しいね」
穏やかに笑う殿下。その余裕ぶりに、思わずぞくりとする。
毒殺されかけたのにこの笑顔……白々しいにもほどがある。
「余計なお世話でしたけどね」
そう言うと、殿下は静かに目を細める。
「そうでもないさ。おかげで君と二人きりになれた」
「はあぁ……」
思わずため息が漏れる。
「そんな顔をされるとは、ティアナ嬢は興味深いね」
――何を言っているの、この王子……頭、大丈夫ですか?
自然と顔に出てしまったその疑問に、私自身がハッとする。
目の前にいるのは、この国の王子だ。下手をすればこちらが危険にさらされる。
「それより、先程ニーナ令嬢が言っていた商人や“毒”について、何かご存知ですか?」
殿下は少し考える素振りを見せ、やがて口を開いた。
「詳しいことはまだだ。まあ、ニーナ令嬢は媚薬だと騙されて、ある商人から買ったのだろうね。デホラ男爵もぐるだろう。
大方、ニーナ令嬢と私が上手くいけば、男爵から公爵にまで上がれると思ったのだろう」
「つまり、二人は毒だとは知らなかった、と」
「さあ? まだ何とも言えないが……だが、そんなことはどちらでもいい」
その言葉は、冷静に見えて、どこか狡猾さを感じさせた。
私はは小さく息をつき、殿下の言葉の裏にあるものを探る。
王子の冷静さと威厳、そして微かに漂う危うさ……目の前で微笑むその顔が、あまりにも手強い。
「媚薬だろうが、毒だろうが。薬物を盛ろうとしたことには変わらない。それ相応の罰は受けさせるさ」
殿下の声には揺るがぬ威厳があった。
「そうですね。でも、媚薬を盛られそうになるとは、随分おモテになりますね」
皮肉を込めて言う。
「おや、嫉妬かい?」
にやりと笑う殿下。
「どうしたらそう聞こえるのでしょう」
皮肉のつもりだが、顔が自然に引き締まる。
「まあ、でも君になら媚薬でも毒でも盛られても許してしまうな」
そう言って、殿下はゆっくりと私に近づき、髪の毛を手に取り、軽くキスをした。
「何するんですか…
そんなことより」
私は素早くその場をかわす。
「そんなことかー」
殿下はははっと笑った。
「ユウリから聞きました。10年程前から私に本を送ってくださっていたこと」
「あー、聞いたのか」
殿下は少しだけ微笑む。
「ありがとうございました。興味深いものばかりで、あの……返した方がよろしいでしょうか?」
ここだ。アリスに教わった“媚を売るポーズ”を披露するチャンス。
右手を軽く握り、小首を傾げる。上目遣いはよくわからないが、とにかく殿下を見上げればオッケーだろう。
私は小さく息を整え、自然に視線を上げた。
「……その、もしご迷惑でなければ、頂いたままで……」
微かに震える声だったが、上目遣いと首の角度がうまく緊張感を和らげているはず。
殿下の目がじっと私を見つめる。
その静かな間に、心臓が速くなるのを感じた――が、これが功を奏すかどうかは、まだわからない。