夜明けが世界を染めるころ
セナside
遊戯室を離れ、廊下の奥。
人の気配が遠のいた場所で、俺は足を止めた。
胸の奥が、まだざわついている。
鼓動が、やけに大きい。
――今言わなければ、きっと後悔する。
そう自分に言い聞かせ、俺は声をかけた。
「殿下」
低く、しかしはっきりとした声。
喉の奥がわずかに痛む。
ディラン殿下も立ち止まり、振り返る。
周囲に誰もいないことを確かめてから、俺は一歩前に出て片膝をついた。
「今日の出来事を――
公には、なさらないでいただきたい」
言葉にした瞬間、空気が張りつめた。
もし、ここで拒まれたら。
王子の判断として公表されてしまえば、俺にはもう止められない。
背中を冷たい汗が伝う。
オーウェン団長が息を呑み、言葉を挟もうとして――やめた。
ディラン殿下は、すぐには答えない。
その沈黙が、やけに長く感じられる。
殿下の視線が、俺を射抜く。
「理由を聞こう」
「はい」
顔を上げ、まっすぐに殿下を見た。
視線を逸らせば、覚悟まで嘘になる気がした。
「今日、彼女が成したことは、
王国にとって“価値ある力”として扱われるでしょう」
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
あの場で見たティアナの横顔が、脳裏に浮かぶ。
誇るでもなく、怯えるでもなく、
ただ必死に誰かを守ろうとしていた姿。
「ですが、彼女はその評価を望んでいません。
むしろ、その重さに気づいてすらいない」
拳が、床の上でわずかに強く握られる。
もし彼女が“特別”として扱われれば、
その瞬間から、もう普通ではいられなくなる。
称賛、期待、命令、責任――
それらすべてが、彼女の自由を奪う。
「王国は、必要とあらば人を使います。
それが正しい時もある。
……ですが」
言葉が詰まる。
俺自身、王国騎士としてその現実を肯定してきた。
守るために、使われることを受け入れてきた。
それでも――
「ティアナを、その“駒”にしたくありません」
声が、ほんのわずかに震えた。
オーウェン団長が目を伏せるのが視界の端に映る。
「彼女は、剣を抜かずに人を守る道を選びました。
それを称賛という名で引き裂くような真似は、
騎士として、決して見過ごせません」
深く息を吸う。
感情のまま叫びたい衝動を、歯を食いしばって抑えた。
「私は、彼女の騎士です。
力ではなく、人としての在り方を守りたい」
沈黙。
廊下の奥で、風が窓を揺らす音だけが響く。
その静けさの中で、
もし拒絶されたら――それでも俺は彼女の盾になると、心に決めていた。
やがて、ディラン殿下は小さく息を吐いた。
「……同じ気持ちだ、セナ」
その一言で、胸の奥の緊張がほどける。
知らぬ間に、息を止めていたらしい。
「今日の件を公にすれば、
彼女は“希望”として祭り上げられるだろう。
それは祝福ではない。呪いだ」
殿下の横顔は、王子というより一人の青年のものだった。
「人は、期待という名の刃で、
最も誠実な者を傷つける」
一拍置き、はっきりと告げられる。
「報告は、私とごく限られた者だけに留める。
記録にも、必要最低限しか残さない」
胸の奥が、熱くなる。
深く頭を下げた。
「……感謝します、殿下」
「礼は不要だ」
穏やかだが、揺るがぬ声。
「これは王子としての判断でもある。
そして――」
殿下は、俺をまっすぐ見据えた。
「君と同じだよ。彼女は絶対に傷つけたくない」
その言葉に、胸が焼けるように熱くなった。
守ると誓った相手を、
同じ想いで見ている人がここにもいる。
それだけで、
騎士であり続けてきた意味が報われた気がした。
俺は静かに拳を胸に当てる。
――必ず守る。
彼女が、彼女のままで笑っていられる未来を。
遊戯室を離れ、廊下の奥。
人の気配が遠のいた場所で、俺は足を止めた。
胸の奥が、まだざわついている。
鼓動が、やけに大きい。
――今言わなければ、きっと後悔する。
そう自分に言い聞かせ、俺は声をかけた。
「殿下」
低く、しかしはっきりとした声。
喉の奥がわずかに痛む。
ディラン殿下も立ち止まり、振り返る。
周囲に誰もいないことを確かめてから、俺は一歩前に出て片膝をついた。
「今日の出来事を――
公には、なさらないでいただきたい」
言葉にした瞬間、空気が張りつめた。
もし、ここで拒まれたら。
王子の判断として公表されてしまえば、俺にはもう止められない。
背中を冷たい汗が伝う。
オーウェン団長が息を呑み、言葉を挟もうとして――やめた。
ディラン殿下は、すぐには答えない。
その沈黙が、やけに長く感じられる。
殿下の視線が、俺を射抜く。
「理由を聞こう」
「はい」
顔を上げ、まっすぐに殿下を見た。
視線を逸らせば、覚悟まで嘘になる気がした。
「今日、彼女が成したことは、
王国にとって“価値ある力”として扱われるでしょう」
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
あの場で見たティアナの横顔が、脳裏に浮かぶ。
誇るでもなく、怯えるでもなく、
ただ必死に誰かを守ろうとしていた姿。
「ですが、彼女はその評価を望んでいません。
むしろ、その重さに気づいてすらいない」
拳が、床の上でわずかに強く握られる。
もし彼女が“特別”として扱われれば、
その瞬間から、もう普通ではいられなくなる。
称賛、期待、命令、責任――
それらすべてが、彼女の自由を奪う。
「王国は、必要とあらば人を使います。
それが正しい時もある。
……ですが」
言葉が詰まる。
俺自身、王国騎士としてその現実を肯定してきた。
守るために、使われることを受け入れてきた。
それでも――
「ティアナを、その“駒”にしたくありません」
声が、ほんのわずかに震えた。
オーウェン団長が目を伏せるのが視界の端に映る。
「彼女は、剣を抜かずに人を守る道を選びました。
それを称賛という名で引き裂くような真似は、
騎士として、決して見過ごせません」
深く息を吸う。
感情のまま叫びたい衝動を、歯を食いしばって抑えた。
「私は、彼女の騎士です。
力ではなく、人としての在り方を守りたい」
沈黙。
廊下の奥で、風が窓を揺らす音だけが響く。
その静けさの中で、
もし拒絶されたら――それでも俺は彼女の盾になると、心に決めていた。
やがて、ディラン殿下は小さく息を吐いた。
「……同じ気持ちだ、セナ」
その一言で、胸の奥の緊張がほどける。
知らぬ間に、息を止めていたらしい。
「今日の件を公にすれば、
彼女は“希望”として祭り上げられるだろう。
それは祝福ではない。呪いだ」
殿下の横顔は、王子というより一人の青年のものだった。
「人は、期待という名の刃で、
最も誠実な者を傷つける」
一拍置き、はっきりと告げられる。
「報告は、私とごく限られた者だけに留める。
記録にも、必要最低限しか残さない」
胸の奥が、熱くなる。
深く頭を下げた。
「……感謝します、殿下」
「礼は不要だ」
穏やかだが、揺るがぬ声。
「これは王子としての判断でもある。
そして――」
殿下は、俺をまっすぐ見据えた。
「君と同じだよ。彼女は絶対に傷つけたくない」
その言葉に、胸が焼けるように熱くなった。
守ると誓った相手を、
同じ想いで見ている人がここにもいる。
それだけで、
騎士であり続けてきた意味が報われた気がした。
俺は静かに拳を胸に当てる。
――必ず守る。
彼女が、彼女のままで笑っていられる未来を。