夜明けが世界を染めるころ
ティアナside

……流石に、疲れたな。

馬車の揺れに身を任せながら、私は小さく息を吐いた。
セナが後処理を引き受けてくれたことには、本当に感謝している。
今ごろ、きっと殿下と一緒に、静かに事を収めてくれているはずだ。

私はテオと2人、屋敷へ戻る途中だった。

膝の上に手を重ねると、
まだ、微かな違和感が胸の奥に残っている。

――初めて使った力の感覚。

エマの宝石を、剣で浄化したときとは、まったく違った。
あのときは、濁りを断ち、正しい状態へ戻しただけ。

でも、今回は――

(共鳴……)

浄化じゃない。
ミヤの気持ちが、そのまま、私の中に流れ込んできた。

不安。
置いていかれる恐怖。
自分はいらない存在なのではないかという、冷たい思い込み。

あれは、ただ宝石が暴れただけじゃない。
彼女の心そのものだった。

(実践で使えるとは……思ってなかった)

本で読んだだけの理論。
成功する保証なんて、どこにもなかった。

それでも――

(無事でよかった)

それだけは、確かだ。

けれど、引っかかる。

どうしてミヤは、
「自分はいらないから捨てられた」なんて、
そんなふうに思い込んでいたのだろう。

誰かに言われた?
それとも、何気ない一言が、心に刺さった?

……きっと、何かきっかけがある。

それにしても――

「ねぇ、テオ」

「なに? お嬢さま」

向かいに座るテオを見る。
……うん。どう見ても、機嫌がいいとは言えない。

「怒ってる?」

「怒ってない」

即答。
でも、目は逸らされたまま。

漆黒の髪の隙間から覗くルビーの瞳が、
いつになく真剣で、硬い。

「嘘。怒ってるでしょ」

私は身を乗り出して、
テオの頬を、ちょん、とつついた。

その瞬間、
テオはふーっと大きく息を吐き、私を見た。

「……うん、怒ってる」

そう言って、私の隣へ移動する。

「ごめんって……」

「お嬢さま、本当に危なかったよ」

ルビーの瞳が、責めるより先に、
はっきりとした心配を映している。

私は、困ったように笑った。

「でも、私の指示、ちゃんと聞いてくれた」

「そりゃあね」

テオは肩をすくめて、少しだけ口元を緩める。

「俺は、お嬢さまの騎士だから」

その言葉に、胸が少し温かくなる。

「……ありがとう。私の気持ちを、尊重してくれて」

本当は、すぐに剣で応戦したかったはずだ。
テオなら、迷いなく宝石を壊しただろう。

そうすれば、確実に暴走は止まった。

でも――
それは、ミヤを“ミヤでなくしてしまう”選択だったかもしれない。

「うん」

テオは静かにうなずいてから、
少しだけ厳しい声で続けた。

「でもさ。今度、あんなに危険なことしたら……俺、止めるよ」

その言葉に、私は一瞬考えて――

「うん」

素直に、そう答えた。

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