もう一度、好きになってもいいですか?

やわらかく包まれて

修学旅行、最終日。

お土産屋の軒先は色とりどりの小物で溢れ、最後の賑わいに包まれていた。

「悠翔くん、この八ツ橋、限定味だって!」

心葉が嬉しそうに差し出す。
横で悠翔は「俺は抹茶のほうが好きだな」とつぶやき、
「じゃあ、俺これ心葉用に買う」と続ける。

「じゃ、じゃあ抹茶を悠翔に買うね…!」と顔を赤ながら抹茶味の八ツ橋を抱えた。

その八ツ橋は、普通のものよりも何倍も甘いんだろうな、と思いながら2人を眺める。

二人のやり取りがまた甘くて可愛い。

私もつられて笑ったけれど、胸の奥は少しざわめいていた。

修学旅行が終わったら、碧と“一日中”はいられなくなるんだよね。

当たり前なんだけど…喉がきゅっと苦しくなる。


(もうすっかり碧のとりこだよ)


「……碧にもお土産、買っていこうかな」

ぽつりと呟くと、心葉がすぐににやりと笑った。


「絶対買いなよ!“特別な”幼馴染でしょ?」

「ちょ、からかわないでよ!」 


慌てて否定するけど、耳まで熱いのは隠せない。

 会計を済ませて店を出た瞬間、視線の先に碧がいた。班の男子たちと騒ぎながら、土産を袋いっぱいに抱えている。
 

「碧ー! 俺んち分も頼んだ!」

「重いんだけど! お前ら自分で持て!」


わちゃわちゃする姿に、自然と笑みがこぼれる。

 そんなとき、碧がふとこちらを見て、足を止めた。
視線がぶつかって、私も立ち止まる。

すると男子たちがざわざわと騒ぎ出した。

「おーい碧、行ってこいよ!」

「最終日だぞ?告白チャンスだろ!」

「うるせぇ!」と碧は一喝しながらも、結局こちらに歩いてくる。

「……土産、買った?」

「うん。ほら」

私は小さな包みを見せた。
碧は一瞬驚いたように目を瞬かせ、やがて微笑む。


「俺にも?」

「……まあ、うん。ちょっとだけ」


声が小さくなる。周囲の喧騒に紛れてほしいのに、碧の耳には届いてしまったみたいだ。

「うれしい!ありがとな」

碧は照れ隠しのように頭をかき、でもどこか嬉しそうに包みを受け取ろうとする。

しかし、それは先生の声で遮られた。


「おーい!点呼するぞ!あつまれー」


碧がその言葉を聞いて石のように固まる。


「あ〜…じゃあ帰ってから貰うわ。ごめんな」

「全然大丈夫!…じゃあ、またね!」


そう言うと、碧はひまわりのように笑う。

その表情を見て、胸がじんわり温かくなった。


 集合場所へ戻るバスの前。

先生が点呼をとり、班ごとに並んでいる。

碧の班の男子たちは最後までテンション高く、「お前ら、バス間違えるなよ!」と笑いながら背中を叩き合っている。

別の学校だから、帰りのバスは別々。
最後の瞬間が近づいている。

約束すれば、明日も会えるのに、なぜか切なさがある。

もし、ここに心葉がいるなら。
この気持ちの名前を知っているのだろうか。


「……じゃあな」


碧が短く言った。


「……うん」


 本当はもっと色々言いたいのに、言葉にならない。
碧も同じなのか、一歩踏み出して、私の手をそっと握った。
一瞬だけ。誰にも気づかれないように。


「次は、ちゃんと時間つくるから」


低い声が耳に届く。

 その約束が嬉しくて、泣きそうで、でも泣き顔は見せたくなくて。

私は精一杯の笑顔を返した。


「……待ってる!」


 その一言に、碧は安心したように頷くと、班の男子たちに肩を引っ張られていった。


「おーい碧!置いてくぞー!」

「ちょ、待てって!」


 バスのドアが閉まり、エンジンがかかる。窓越しに碧が手を振ってくれるのを、私は最後まで見つめていた。
 車体が遠ざかっていく。
胸の中に残るのは、ざわめきと、甘い余韻。

「ふふっ」

胸があったかい。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


修学旅行から戻った夜。

キャリーバッグを引きずりながら玄関に入ると、家の中はしんと静まり返っていた。


「ただいま……」


少し声が上ずる。
母はキッチンで片付けをしていたようで、濡れた手を拭きながら顔を出した。


「おかえり、美咲。疲れたでしょ」

「……うん」 


 どうしてだろう。
たった数日離れていただけなのに、顔を合わせるのが少し気まずい。

でも今日は、渡さなきゃいけないものがある。

「ねぇ、これ……」

私は紙袋を差し出した。
中には修学旅行で買った限定味の八ツ橋と、小さな和柄の箸。

「お母さんに」

 母は一瞬きょとんとしたあと、そっと袋を受け取った。

「……まぁ、ありがとう!
 嬉しいわ、限定味……好きなのよねぇ」


そう言って嬉しそうに微笑む姿に、さっきまでの緊張が嘘のように解けた。


「良かった!
抹茶と悩んだんだけど……好きかなって思って」

「ええ、こっちの方が好きよ」


母はにっこりと笑う。
その笑顔は大輪の花が咲いたみたいで、なんとなく碧を連想させて、胸の奥がやけにざわついた。


「……それとね」

思い切って口を開く。


「碧にも、お土産を買ったんだ」


 母の手がぴたりと止まった。
私の心臓も同時にぎゅっと締めつけられる。


「碧……くん、ね」
「うん!
修学旅行でも……助けてくれた」

 母の表情は、予想と違って――どこか楽しそうだった。
安心したようでもあり、寂しそうでもあり、そしてなにより、恋バナの匂いを察知した人の顔をしていた。

「そう!で?どうなの?発展したの?
……もしかして、手つないだ? キスは!?」

「ちょっ……!?」

顔が一気に真っ赤になる。

「ま、まだだよ!!
彼氏とかそういうのじゃないけど……でも、大切な人」

 正直に言葉を重ねると、母は少しだけ目を伏せ、それからふっと笑った。

「あなた、やっぱり私に似てるのかもね。大切に思うと、不安にもなるところが」

胸がちくりと痛んだ。でも、次の言葉が思いがけずやさしく響いた。


「でも……いいわ。美咲が笑って帰ってきたなら、それが一番だから。
……それに、母としては恋バナの続きも、楽しみにしてるしね!」

「もう!からかわないで!」


涙をこらえながら、思わず笑ってしまった。


「……ありがとう、お母さん」


 その夜、自分の部屋に戻ってからも、碧と過ごした時間や、母の表情が何度も頭をよぎった。

修学旅行は終わったけれど、私の中で新しい一歩が始まったように感じていた。
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