もう一度、好きになってもいいですか?

私は碧と違うけど

 体育館を出た空気は、夏の夕立のあとのように湿っていた。
観客席で響いていた歓声の余韻はまだ耳に残っている。
 だけど、試合に勝った碧の顔は——なぜか晴れやかじゃなかった。


「美咲」


 呼ばれて振り返った瞬間、胸が高鳴る。
 汗に濡れたTシャツ、乱れた息。
 それでも真剣な目だけは揺らがない。


「ちょっと……話せる?」


 頷いた私を、碧は校舎裏のベンチへと導いた。
 夕陽が二人を長く照らす。


「今日の碧、すごかったよ」


 精一杯の笑顔で言うと、碧は少し俯いて首を振った。


「ありがとう。
でも……勝ったのに、嬉しいって思えないんだ。」

そう言って笑う碧は、いつもよりずっと苦しそうだった。


「え?」


彼はタオルを握りしめ、言葉を探すように唇を噛んだ。


「……俺さ。バスケ、もっとやりたいんだ。
ほんとはプロ目指したい。けど——」


 一拍置いて、苦く笑った。


「いずれは、うちの会社を継ぐって決まってる。
小さい頃から“お前の道はそれしかない”って。
だから……どれだけ頑張っても、最後は取り上げられるんじゃないかって思うと、本気でやってるメンバーと、肩を並べていいのかって…怖い」


 その声は強がっていなかった。
 私が知っている碧の、明るくて無邪気な笑顔とはまるで違う。
 胸がぎゅっと締めつけられた。


「……碧」


 気づけば、私は片手で碧の手を包んでいた。


「……私もね、わかるんだ。『こうしなきゃいけない』って、大人に勝手に決められる感じ」


 碧がこちらを見た。驚いたように、でも少しだけ安堵したように。


「…そりゃあ、碧と私の悩みはまったく違うから、全部が全部、わかるってわけじゃないけど…
私のお母さんね……恋をするたびに人が変わっちゃうんだ。
小さい頃から何度も見てきたの。
だから私……恋って、怖いなって思ってた」


 声が震えた。
 でも、碧には言えると思った。
 ずっと誰にも言えなかったことなのに。


「それでも……碧がバスケしてる姿見たときね、胸がすごく熱くなったの。
諦めてほしくないって、勝手に思った」


 言った瞬間、目が熱くなる。
 碧は黙って私を見ていた。
 その瞳が、夕陽を映してきらめく。


「……美咲」


 名前を呼ばれただけで、涙がこぼれそうになる。
 碧は一歩近づき、真っ直ぐに私を見つめた。


「俺、美咲にだけは全部話したかった。
夢も、弱さも、家のことも。
……たぶん、美咲だから言えたんだ」


 その言葉は、真っ直ぐ心に突き刺さる。
 喉が詰まって、声にならない。

 ただ必死に、何度も頷いた。

 ——その瞬間、二人の間にあった壁が、音もなく崩れていくのを感じた。
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