ベッドの隣は、昨日と違う人
5話 仕事モード、オン




そんな他愛ない会話で、ようやく気持ちを切り替えかけた、そのとき──


「おはようございます」

受付の早番・中村さんが入ってきた。
みいなと美咲は、同時にピシッと背筋が伸びる。

「おはようございます!」

さっきまでのゆるんだ空気が、一気に仕事モードに切り替わる。

みいなはシフト表と予約表を確認し、カルテラックへ向かった。

──今日は午前にクリーニングが3件、午後に軽めの補綴調整。
先生の根治アシストもあるんだった。

仕事の段取りを頭で組みながら、ユニットの準備を始めた。

グローブをはめ、スリーウェイの動作確認。
ライトの角度、トレーのセット。
患者さんひとりずつに合わせた器具を並べる。

(……こういうのは、ちゃんとできるんだけどなぁ)

プライベートがボロボロなのに、仕事ではテキパキ動けるというギャップが、むしろ虚しさを誘う。

「川崎さん、今日の1番のクリーニングの患者さん、もう来られてるよ」

受付の中村さんが声を掛けてくれる。

「ありがとうございます。ご案内します」

表情は引き締めて、柔らかい声に切り替えた。

「おはようございます、川崎です。
では、お席へご案内しますね」

患者さんを誘導し、丁寧にマウスピースを外してもらいながら問診を取り、
スケーリングを開始する。

集中すると、余計なことが頭から消える。

(……昨日のこと思い出すのも、いったん止まるな……)

コツコツと器具の音が響き、患者さんの息に合わせて手を動かす。

「お疲れさまでした。
しみるところはありませんでしたか?」

「大丈夫ですよ。ありがとう」

「よかったです。では、また3ヶ月後にご予約お取りしましょうか?」

自然と笑顔になれる。
仕事のときだけは、自分の価値がちゃんとある気がした。

休憩室に戻ると、美咲がペットボトルの麦茶を渡してくれた。

「はい、反省会用」

「なんの会……」

「“やらかし反省会”。ほら、座りなさい」

みいなは麦茶を受け取りながら肩を落とす。

「……美咲、わたしほんと、なんでこうなるんだろ」

「知らん。けどね、みいなが優しい子ってのはわたしが一番知ってる」

「……優しいって……そうかな」

「優しいし、誰かに“可愛いよ”って言われると信じちゃうんでしょ。で、そのまま流れ込む」

図星すぎて、言い返せない。

「……ほんと、わたしってバカみたい」

「バカじゃない。……ただ、隙がすごい」

「言い方ぁ……」

「でもさ、そのうち痛い目見るよ?」

美咲の言葉は強いけど、それは心配から来るものだとわかっている。

「……うん、わかってる」

わかってるのに、やめられない。

心の奥がきゅっと重くなる。

──また、同じこと繰り返すのかな。

拓也からの連絡は、まだない。
またあるかもわからない。

けれどそんな予感が――ふっとみいなの胸を締めつけた。





―――


第一章終了です!
お読みいただきありがとうございました。

流されやすい主人公、みいなが、迷いながらも
「ちゃんと選ぶ恋」に向かっていくお話。

ベリーズカフェ初投稿作品です。
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よろしくお願いいたします☺️



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