ベッドの隣は、昨日と違う人
7話 夜と朝の温度差






部屋へ向かうエレベーターの中、
拓也はさっきより静かで、落ち着いた声で言った。

「……みいなちゃんといると、なんか安心するんだよね」

その言葉だけで、心の奥がふわっと揺れた。
迷いはまだ少し残っているのに、
その優しさに寄りかかりたくなる。

扉が開き、部屋に入る。

照明は少し暗めで、
必要以上に何も見えない作りになっている空間。

(……落ち着こう、って思ってるのに……)

拓也の距離は、いつのまにかすぐ近くにあった。
肩に触れる指の温度、吐息が混じる呼吸。
その一つひとつが、じわじわとみいなの意識を溶かしていく。

逃げ場を探すより先に、胸の奥が熱を帯びていくのがわかった。
――求められている。
そんな感覚が、静かに広がっていく。

「みいなちゃん……可愛いよ」

低く、確かめるみたいな声。
そのひと言で、張りつめていた何かがふっと緩んだ。

甘い空気に包まれながら、みいなはもう抗えなくなる。
考えるより先に、気持ちが動いてしまった夜だった。





──翌朝。
光の入らない部屋の中でみいなが身支度を整えていると、ベッドの方から拓也が軽く伸びをした。

「……みいなちゃん、昨日ありがとね。
あ、俺さ、今日朝イチ取引先行くんだよね。
駅の手前でいい?」

言い方はふつう。
冷たくも優しくもない。

みいなは笑って「うん、大丈夫だよ」と返したけど──
胸の奥には、ちいさく沈む音がした。

(……“ありがとね” かぁ)

ホテルから駅までの道すがら、
不意に拓也が言った。

「みいなちゃんってさ、なんか気楽でいいよね」

「……え?」

軽い調子のまま、続けられる。

「こういうのってさ、
気負うと続かなくなるじゃん。
みいなちゃん、そういう感じしないし」

笑っているのに、
その言葉だけが、胸の奥にひっかかった。

(……わたし、“そういう感じ”って、
なにを見て言ってるんだろう)

返す言葉を探している間に、
拓也はいつもの笑顔で手を振った。

「じゃ、また連絡するね。無理しないで」

別れ際は、
夜の甘さとは、全然ちがう温度だった。






お昼前、休憩室の椅子に座った瞬間、緊張の糸が少し緩んだ。
そこへ美咲がペットボトルを片手に入ってくる。

「ねぇ、昨日……帰ったの?」

みいなは一瞬だけ言葉に詰まったあと、
首を小さく横に動かした。

美咲は、その仕草を見ただけで全部察したように息をつく。

「……あんたさ」

優しいけど、どこか呆れたような声。

「ほんと、もう……」

みいなの胸の奥が、チクリと痛んだ。


美咲は少しだけため息をこぼす。

「……みいな、それ以上深入りしないほうがいい。
優しい時だけ甘いタイプって、一番みいなが傷つくやつだよ」

みいなは、自分の手元を見ながら、小さく頷いた。

胸の奥に、今日の朝の空気がまだ残っている。
甘さと、そのあとに来る静かな痛み。

(……わかってるのに。
でも、優しくされると……また揺れちゃうんだよ)



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