ベッドの隣は、昨日と違う人
特別な日の続き










映画が終わった。

「はぁ……よかった……」

みいなはソファの背にもたれて、息を吐いた。

「最後、幸せになったねぇ……」

「うん。
じーんときた」

しばらく、その余韻のまま沈黙が落ちる。

「ほんと……」

みいなは小さく笑って、立ち上がった。

「あっ、トイレ借りていい?」

「もちろん」

洗面所のドアが閉まる音を、大地はソファで聞いていた。
さっきまで並んでいたはずなのに、急に隣が空いた感じがして、落ち着かない。

(……変な感じだな)

水の音。
戻ってくる気配。

ガチャ、とドアが開く。

「お待たせ」

みいなが戻ってきて、ソファに腰を下ろす。

——さっきより、近い。

大地は一瞬、呼吸を忘れた。

(……近い)

肩と肩の距離。
触れてはいないのに、意識してしまう近さ。
距離を指摘するつもりだったのに、
言葉が途中で変わる。


「……近いな」

「あ、ご、ごめ……」

離れかけたみいなの肩を、
大地は視線で追った。

「……でも」

自分でも意外な声だった。

「なんか、嬉しい」

みいなが一瞬だけ目を見開く。

「……近かった?」

小さくそう言って、ほんの少しだけ身を引く。

その仕草に、大地は思わず息を吐いた。

「……反則だって、それ」

そのまま、視線を外せなくなっている自分に気づく。

大地は、みいなを抱き寄せた。
背中に回した腕に、迷いはないけれど、力は込めない。

後ろで、映画のエンドロールが流れている。
音だけが、遠い。

みいなの顎に、そっと指を添える。
上げさせる、というより――逃げ道をふさぐみたいに。

目が合う。

一拍。

大地は、ゆっくり顔を近づけた。

唇が重なる。
確かめるみたいに、短く、浅く。

深くはない。
舌も使わない。

ただ、温度と柔らかさを覚えるだけのキス。

「……」

みいなの肩が、わずかに揺れる。

その反応を感じて、大地は一度だけ息を止め、唇を離した。
近いまま、額が触れそうな距離。

それから――

みいなの顎に添えた手に、少しだけ力がこもる。

もう一度、今度は逃がさない距離で。

キスは、さっきより深い。
確かめるみたいに、ゆっくり。

「……んっ」

みいなの喉から、息が混じった声がこぼれる。

驚いたみたいに一瞬だけ身じろいで、
でも、離れない。

むしろ、
そのまま唇を重ね返してきた。

「……ん、ん……っ」

今度は、はっきり。

抑えようとして、抑えきれなかった声。

大地は一瞬だけ息を止めて、
もう一度、深く口づける。

みいなの肩が、小さく揺れる。


そのまま、大地は離れなかった。
触れたまま、確かめるみたいに息を重ねる。

後ろで流れるエンドロールが、やけに遠くなっていく。


みいなが目を伏せて、呼吸を整える。
大地はそれを待つように、何も言わない。

今さら、戻る選択肢は浮かばなかった。
ただ、キスが深くなっていくのを、二人で受け入れる。

——そうして、画面の光だけが、静かに揺れていた。

エンドロールが終わり、部屋が急に静かになる。

みいなは、ゆっくりと息を吐いた。

「……エンドロール、終わっちゃったね」

「ああ」

大地の声が、少し低い。

沈黙が落ちる。
でも、気まずさじゃない。

さっきよりも近い距離で、
互いの体温が、はっきりわかる。

大地が、みいなの髪に触れる。
指先が、そっと撫でるだけ。

「……みいな」

名前を呼ばれて、みいなは顔を上げた。

視線が合う。
言葉は、もういらなかった。

次の瞬間、ソファの背に手をつかれて、
みいなの視界がゆっくり傾く。

驚く暇もないくらい、自然な動きだった。

「……いい?」

耳元で、短く。

みいなは一度だけ瞬きをして、
小さく、でもはっきり頷いた。

それだけで十分だったみたいに、
大地はもう一度、深く口づける。

さっきよりも、近い。
逃げ場のない距離。

息が絡んで、
指先が、離れなくなる。

ソファの端に置かれたクッションが落ちて、
それすら、遠く感じた。

——しばらくして。

灯りが、少しだけ落とされる。

映画の余韻も、言葉も、全部置き去りにして。





        ~ 完 ~



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