午前0時恋愛
Chapter#1 終わりの0時0分、始まりの0時0分
終わりしかない午前0時0分。
それが始まりになる時が来るとは思ってもいなかった。
今日も終電、間に合った…!! そう思いながら人1人見えない駅で終電を待つ。最近は終電に間に合っていて、家に帰れる喜びがじわじわと心の中で溢れてくる。俺の中で終電の午前0時0分は仕事が終わるかもしれない大切な時間だ。
俺は成島 優。私立の大学を卒業し、何とか就職できたものの、就職先が想像を遥かに超えるブラック企業で、毎日ヨレヨレのスーツと不健康&目の隈が目立つ姿で一生懸命働いているしがない会社員だ。
終電で帰ることができず、会社に泊まり込みで仕事をすることも何度もあったが、最近は会社が比較的落ち着いていて、何とか終電で帰ることができている。
食事をすることはできなくても、ベットで寝ることが出来る喜びに思わずガッツポーズをすると、横からクスッと笑う声が聞こえた。
こんな遅い時間で、主要な駅でもないこの駅に人がいることが珍しい。誰かと思い、横を見ればそこに居たのは駅員さんだった。
自分が駅員さんに笑われてしまった理由が分からず、不思議に思っていると、「いつも終電で帰っている方ですよね?たまにいない日もありますけど、いる時はいつも嬉しそうにしているし、ガッツポーズを必ずしていらっしゃるので強く印象に残っていて…。」と声をかけられる。
その声は俺が想像していた声とは違って高く、可愛らしい声だった。てっきり深夜帯の時間の駅員さんは男性がやっているものだと思っていたが、女性がやっているとは。そもそもろん、女性の駅員さんが珍しい。
「いつもということは、普段からこの時間帯の駅員さんをやってらっしゃるんですね。ガッツポーズを見られていたのは恥ずかしいですが、夜遅くまでお仕事ご苦労様です。」
言いながら軽く会釈をすれば可愛らしい駅員さんは明るく答えてくれた。
「いえいえ!これが私の仕事ですから! 貴方も遅くまでお仕事お疲れ様です!! 来られるとしても終電で大変そうなのに、嬉しそうにガッツポーズしているのがすごく微笑ましくていつも勝手にこっそり楽しみにしてるんです…!!」
まさか俺のガッツポーズが可愛らしい駅員さんの密かな楽しみになってるとは夢にも思わなかった。見られてること自体、予想外だ。
「まさか見られているとは思いませんでした。お恥ずかしい限りです。次からは気をつけようと思います…。」
「恥ずかしいなんてそんなことありませんよ。それにガッツポーズ、素敵なんですから辞めないでください!私の小さな楽しみなんですから!!」
ーーまもなく電車が参りますーー
午前0時0分と電車が来ることを知らせるアナウンスが彼女の声に重なるように流れた。彼女はアナウンスが流れると、「ではまた!」と挨拶をして足早に仕事に戻って行った。
そして数分も経たないうちに終電がやってくる。いつもと同じ時間、同じ電車だ。そう思いながら電車の列車内に足を踏み入れる。
電車が動き始めた時、彼女は笑顔で手を振ってくれた。俺も軽く手を振り返す。俺は彼女の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
彼女の姿が見えなくなってから、一息つくように座席に座り、彼女との会話を思い出す。最後にしてくれたあのキラキラした、相手に懇願するような目。あんな顔をされてしまったら辞めようにも辞められないじゃないか。
その表情が嬉しいような、嬉しくないような何とも言えない感情が生まれる。久しぶりの感情に「困ったなぁ、どうしたものか…。」と独り言をつきながら帰途についた。
次の日。
終電に間に合うよう俺は全力疾走していた。今日はギリギリだなと思いながら駅までの道のりを急ぐ。
午前0時0分まで残り1分。何とか駅に着くことができた。間に合ったことに安堵しながら思わず小さくガッツポーズをする。
「あっ。」
昨日の事を思い出し、横を見ればクスクス笑う彼女の姿が目に入った。
「良かった。昨日気をつけると言っていたからしてくれないかと思ってたんです。今日は昨日よりも遅いー」
ーーまもなく電車が参りますーー
午前0時0分になってしまった。「明日も楽しみにしてます!」という彼女の声で会話は終了。終電に間に合って嬉しいはずなのに、昨日よりも話せなかったことが少し悔やまれる。
そして昨日と同じように終電がやってくる。いつもと同じように終電の列車内に足を踏み入れる。手を振ってくれる彼女と手を振りあう。
こんな生活がしばらく続いた。たくさん話せる時もあれば全く話せない時もある。俺が終電に間に合わなくて話せない日もあったし、彼女の仕事が休みの日もあった。
いつのまにか俺にとって0時0分は仕事の終わりを知らせる時間から彼女と話し始める時間に変わっていって、自覚をしなければいけない感情が芽生え始めていた。
でも彼女の名前も、なにが好きか、普段何をしているかまったく知らない俺が言えるのだろうか、言っていいものなのだろうか。そんな考えが浮かんできて伝えることを躊躇ってしまう。
終電までの彼女との会話はいつも俺の話ばかりで彼女自身の話をほとんどしなかったのだ。自分の話ばかりをしていた俺を殴りたい…。本当に何をしていたのだろうか。そう自己嫌悪に陥りながら駅に着く。
ホームに着けば彼女の姿が目に入った。彼女と出会えたことが嬉しくて小さくガッツポーズをして声をかける。
「こんばんは。今日も1日お疲れ様です。」
彼女はハッとしたように振り向き、「そちらこそお疲れ様です。」と笑顔で言ってくれた。そしてソワソワしながら「今日はガッツポーズ、ないんですか?」と聞かれる。
俺はフッと笑いながら「もうしましたよ。」と言う。彼女は見れなかったのが悔しいのか「えぇー、私の見えるところでやってくださいよー。」と俺の方を揺らした。
「ガッツポーズが無くなったら、貴方との関わりが無くなっちゃうじゃないですか…。」
そう小さく呟く彼女の言葉に驚いて顔を見れば彼女の顔は赤く染まり、恥ずかしそうにしていた。
ーーまもなく電車が参りますーー
午前0時0分。いつもなら電車に乗る準備をしているはずだ。でも、そんな気分にはなれない。
いつもと同じ電車がホームに滑り込む。ドアが開き、閉まる。そして電車が発車した。
俺は電車が発車してもホームにいた。仕事を終えた彼女が不思議そうに俺の顔を覗き込む。
「あの、もしこれで仕事が終わりでしたら、良かったら一緒にのみに行きませんか。時間的に少ししかありませんが、貴女ともっと話したいんです。」
俺の顔を覗き込んだ彼女に一世一代の誘いをする。
彼女は嬉しそうに頷いて「急いで準備します…!」と足早に駆けていった。
To be continued…?
それが始まりになる時が来るとは思ってもいなかった。
今日も終電、間に合った…!! そう思いながら人1人見えない駅で終電を待つ。最近は終電に間に合っていて、家に帰れる喜びがじわじわと心の中で溢れてくる。俺の中で終電の午前0時0分は仕事が終わるかもしれない大切な時間だ。
俺は成島 優。私立の大学を卒業し、何とか就職できたものの、就職先が想像を遥かに超えるブラック企業で、毎日ヨレヨレのスーツと不健康&目の隈が目立つ姿で一生懸命働いているしがない会社員だ。
終電で帰ることができず、会社に泊まり込みで仕事をすることも何度もあったが、最近は会社が比較的落ち着いていて、何とか終電で帰ることができている。
食事をすることはできなくても、ベットで寝ることが出来る喜びに思わずガッツポーズをすると、横からクスッと笑う声が聞こえた。
こんな遅い時間で、主要な駅でもないこの駅に人がいることが珍しい。誰かと思い、横を見ればそこに居たのは駅員さんだった。
自分が駅員さんに笑われてしまった理由が分からず、不思議に思っていると、「いつも終電で帰っている方ですよね?たまにいない日もありますけど、いる時はいつも嬉しそうにしているし、ガッツポーズを必ずしていらっしゃるので強く印象に残っていて…。」と声をかけられる。
その声は俺が想像していた声とは違って高く、可愛らしい声だった。てっきり深夜帯の時間の駅員さんは男性がやっているものだと思っていたが、女性がやっているとは。そもそもろん、女性の駅員さんが珍しい。
「いつもということは、普段からこの時間帯の駅員さんをやってらっしゃるんですね。ガッツポーズを見られていたのは恥ずかしいですが、夜遅くまでお仕事ご苦労様です。」
言いながら軽く会釈をすれば可愛らしい駅員さんは明るく答えてくれた。
「いえいえ!これが私の仕事ですから! 貴方も遅くまでお仕事お疲れ様です!! 来られるとしても終電で大変そうなのに、嬉しそうにガッツポーズしているのがすごく微笑ましくていつも勝手にこっそり楽しみにしてるんです…!!」
まさか俺のガッツポーズが可愛らしい駅員さんの密かな楽しみになってるとは夢にも思わなかった。見られてること自体、予想外だ。
「まさか見られているとは思いませんでした。お恥ずかしい限りです。次からは気をつけようと思います…。」
「恥ずかしいなんてそんなことありませんよ。それにガッツポーズ、素敵なんですから辞めないでください!私の小さな楽しみなんですから!!」
ーーまもなく電車が参りますーー
午前0時0分と電車が来ることを知らせるアナウンスが彼女の声に重なるように流れた。彼女はアナウンスが流れると、「ではまた!」と挨拶をして足早に仕事に戻って行った。
そして数分も経たないうちに終電がやってくる。いつもと同じ時間、同じ電車だ。そう思いながら電車の列車内に足を踏み入れる。
電車が動き始めた時、彼女は笑顔で手を振ってくれた。俺も軽く手を振り返す。俺は彼女の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
彼女の姿が見えなくなってから、一息つくように座席に座り、彼女との会話を思い出す。最後にしてくれたあのキラキラした、相手に懇願するような目。あんな顔をされてしまったら辞めようにも辞められないじゃないか。
その表情が嬉しいような、嬉しくないような何とも言えない感情が生まれる。久しぶりの感情に「困ったなぁ、どうしたものか…。」と独り言をつきながら帰途についた。
次の日。
終電に間に合うよう俺は全力疾走していた。今日はギリギリだなと思いながら駅までの道のりを急ぐ。
午前0時0分まで残り1分。何とか駅に着くことができた。間に合ったことに安堵しながら思わず小さくガッツポーズをする。
「あっ。」
昨日の事を思い出し、横を見ればクスクス笑う彼女の姿が目に入った。
「良かった。昨日気をつけると言っていたからしてくれないかと思ってたんです。今日は昨日よりも遅いー」
ーーまもなく電車が参りますーー
午前0時0分になってしまった。「明日も楽しみにしてます!」という彼女の声で会話は終了。終電に間に合って嬉しいはずなのに、昨日よりも話せなかったことが少し悔やまれる。
そして昨日と同じように終電がやってくる。いつもと同じように終電の列車内に足を踏み入れる。手を振ってくれる彼女と手を振りあう。
こんな生活がしばらく続いた。たくさん話せる時もあれば全く話せない時もある。俺が終電に間に合わなくて話せない日もあったし、彼女の仕事が休みの日もあった。
いつのまにか俺にとって0時0分は仕事の終わりを知らせる時間から彼女と話し始める時間に変わっていって、自覚をしなければいけない感情が芽生え始めていた。
でも彼女の名前も、なにが好きか、普段何をしているかまったく知らない俺が言えるのだろうか、言っていいものなのだろうか。そんな考えが浮かんできて伝えることを躊躇ってしまう。
終電までの彼女との会話はいつも俺の話ばかりで彼女自身の話をほとんどしなかったのだ。自分の話ばかりをしていた俺を殴りたい…。本当に何をしていたのだろうか。そう自己嫌悪に陥りながら駅に着く。
ホームに着けば彼女の姿が目に入った。彼女と出会えたことが嬉しくて小さくガッツポーズをして声をかける。
「こんばんは。今日も1日お疲れ様です。」
彼女はハッとしたように振り向き、「そちらこそお疲れ様です。」と笑顔で言ってくれた。そしてソワソワしながら「今日はガッツポーズ、ないんですか?」と聞かれる。
俺はフッと笑いながら「もうしましたよ。」と言う。彼女は見れなかったのが悔しいのか「えぇー、私の見えるところでやってくださいよー。」と俺の方を揺らした。
「ガッツポーズが無くなったら、貴方との関わりが無くなっちゃうじゃないですか…。」
そう小さく呟く彼女の言葉に驚いて顔を見れば彼女の顔は赤く染まり、恥ずかしそうにしていた。
ーーまもなく電車が参りますーー
午前0時0分。いつもなら電車に乗る準備をしているはずだ。でも、そんな気分にはなれない。
いつもと同じ電車がホームに滑り込む。ドアが開き、閉まる。そして電車が発車した。
俺は電車が発車してもホームにいた。仕事を終えた彼女が不思議そうに俺の顔を覗き込む。
「あの、もしこれで仕事が終わりでしたら、良かったら一緒にのみに行きませんか。時間的に少ししかありませんが、貴女ともっと話したいんです。」
俺の顔を覗き込んだ彼女に一世一代の誘いをする。
彼女は嬉しそうに頷いて「急いで準備します…!」と足早に駆けていった。
To be continued…?