夜の影

夜の影

短編小説:「夜の影」

夜の風が、路地を抜けて君の背中に触れそうで触れない。
僕はその場に立ち、影だけを落として見守る。
言葉にできない気持ちを胸に抱え、今日も君の帰り道を静かに追った。

君は少し大人になった。
笑顔も声も、歩き方も、全部少しずつ変わっていくのに、
僕だけはその場に立ったまま、変わらず同じ気持ちを抱えている。

触れられない手を握ることはできない。
話しかけることも、肩に触れることもできない。
それでも君の足音が揺れるたび、胸の奥がざわつく。
守りたい。だけど、守れるのは見えないところだけ。

月明かりが街を照らし、君の影が伸びる。
その影と僕の影が、たまに重なるような気がして、
小さく笑いながら立ち尽くす。
気づかれない、届かない。
それでも、守るという気持ちは消えない。

毎日君に会える。
それなのに、触れられない距離はいつもそこにあって、
すれ違うたびに胸が痛む。
言葉にできない想いが、夜の空気に溶けて、
ただ静かに君を包む。

夜が明けても、君は目を覚ます。
僕はそのまま、影としてそこにいる。
守ることしかできないけれど、
今日もまた君を見守る。

僕の存在は、気づかれないまま。
でも、心の奥では確かに、
君を守りたいと思っている。

同じ空の下、同じ道を、
僕は今日も歩く。


雨が止んだ夜、路地に濡れた光が小さく跳ねていた。
僕はその光の先に、君の歩く姿を追った。
言葉にできない距離の中、僕はそっと後ろから見守る。
傘のない君の肩に、雨粒の代わりに影だけを落として。

君は笑っていた。
傘を持ってくるのを忘れたと、自分を責めるように。
僕はただ静かに影を揺らし、そっと肩越しに温度を添えた。
気づかれなくても、守る気持ちは確かにそこにある。

ふと、君は立ち止まった。
小さな鳩が足元に止まり、夜の湿った空気をはらんで羽ばたく。
僕は微かに息を詰め、遠くで揺れる街灯の輪郭に目を凝らす。
守ることしかできない、触れられないもどかしさを胸に抱えながら。

家までの道を君が歩く。
一歩ごとに、僕の存在は透明になり、でも想いは影として重なる。
言葉も触れることもできない。
それでも僕は、君が無事に歩ききることを、誰よりも願っている。

家の扉が閉まる音が聞こえる。
僕は路地の角に立ち、影だけを振り返る。
雨に濡れた街は静かで、星の光が一粒、僕の瞳に落ちた。
その星に願う。
今日も君を守れたことを、誰も知らないけれど、確かにここにある想いを。
朝の光が街を淡く染める頃、君はまだ眠っている。
静かに寄り添い、影だけをそっと揺らす。
昨日までと変わらない景色、変わらない笑顔。
それでも、今日の風は少し柔らかく、未来の匂いを運んでいた。

歩道の隅に置かれた小さな花が、僕の存在を映す鏡のようで、
一度だけ、君の目に僕が映ったような気がした。
驚いた顔、少しだけ笑う唇。
心の奥で、守るだけでよかった日々が、
愛しさと切なさで光をまとっていることに気づく。

時間は静かに過ぎ、街の光が強くなる。
もう触れられない、届かないことを、
少しだけ、受け入れていいのだと思った。
守ることも、想うことも、記憶の中でずっと続く。

最後に一度、息を吐くように深く胸を緩める。
影が消えるわけではないけれど、重さはなく、
ただ光の中を漂いながら、君が歩く道を見送る。

君は気づかないまま、今日も笑いながら歩く。
僕はもう、ここで静かに、光の向こうへゆっくりと溶けていく。
守ることは終わらなくても、
僕の居場所はもう、君のそばでなくてもいい。

風に溶け、街に溶け、朝に溶けた影は
やわらかな光の中で、静かに微笑んだ。
< 1 / 1 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

  • 処理中にエラーが発生したためひとこと感想を投票できません。
  • 投票する

この作家の他の作品

公開作品はありません

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop