今日から麻雀はじめます!
翌日曜日の夕方。荷物が届いた。
母がネットショップで注文してくれた麻雀牌と麻雀用のマットが届いたのだ。
いやあ、昨日の今日に欲しかったものが届くなんて。
トラックの運転手さん、配達員さん、ありがとう!
「夕食を食べてからにしなさい!」というお母さんの声を背中に、私とお父さんは小躍りしながら麻雀牌のセットを箱から取り出した。
「片付けるのが大変なんだし、もうすぐご飯なのよ!」
「分かってる! ちょっと見るだけ!」
お母さんはあきれながらキッチンでフライパンを振っている。私とお父さんは「ちょっとだけ、ちょっとだけよぉ」と歌いながらきれいに整列された麻雀牌を眺めた。
艶やかな麻雀牌。肌色の面と白の面のコントラストが美しくかがやいている。触れると数字や漢字が刻まれているのが指の腹で感じられる。
「すごいなあ、きれいだなぁ」
「さすが新品はかがやきがちがうな」
「文字って印刷じゃなくて彫られているんだね」
「そうだぞ。プロやベテランになると〈盲牌〉ができるようになる」
「〈もうぱい〉って?」
「牌を引くときは裏側にして引くだろう?」
お父さんはケースから牌を数枚取り出すと、二段に重ねて並べた。
「こうして引くときに、親指でさわると、それが何の牌かわかる。それが〈盲牌〉だ」
「え、触るだけでわかるの?」
「ああ」
私は期待のまなざしでお父さんを見上げた。
「お父さんも? お父さんもできる?」
「あはは、もう今はムリだよ。でも現役のときはできたぞ」
そう言うとお父さんは裏返したままの牌を何枚か順番にさわった。
「お、これは分かったぞ」
「え、なになに? なんの牌?」
「ハク、だ」
「ハク?」
お父さんはその牌をひっくり返す。それは無地の牌だった。
「ハク……〈白〉の牌は唯一なにも刻まれていないからな」
「ずるい! これなら私でもわかるよ!」
「ああ、分かるようになれば良いな」
お父さんと私は笑い合う。そしてキッチンからみそが焼けるいい匂いがしてきた。
「もうごはんの時間だ、しまおうか」
「うん」
私は牌をしまいながら、一つずつ模様が刻まれている面を親指でさわってみた。でもよくわからなかった。
今晩のメニューは、なすのみそ炒めだった。私の大好物。なすとしいたけ、ピーマンにインゲンが入った野菜たっぷりの炒め物。でも味付けが濃くてごはんが進む。
お父さんはもう二杯目の大盛り白米を食べている。私はお父さんの右ほほにご飯粒がついているのをしてきした。
「麻雀も良いけど、ちゃんと勉強もするのよ?」
「わかってるよ!」
お母さんは昨日からそればっかり言ってくる。私は耳にタコができそうとうんざりしていた。
「それに、麻雀だって一つの勉強だよ! 頭も使うし」
「そうかしら」
お母さんは私の言葉に首をかしげて見せる。
私は思わずムキになった。
「だって、これが囲碁だったり将棋だったら〈ゲームと一緒〉なんて言わないでしょう?」
「そりゃ……」
「でも、頭を使うし、計算する。覚えたり策略を練ったりするから、むしろ頭脳戦なんだよ!」
「まあ……そう言われればそうだけど」
「お母さんは頭が固いよ! 今はね、子ども向けの麻雀教室だってあるし」
「わかってるわ。だから、やるなら子ども同士でしなさい? 賭けるのは絶対にダメよ?」
「わかってるもん!」
私は深くうなずきながらなすを口いっぱいに頬張る。
お母さんはごはん茶碗を両手で持ちながら呆れたように笑った。
「杏子もいうようになったわね。本当は麻雀をあまりさせたくないのに、杏子にそう言われると止められないわ」
「ふふん」
私は誇らしげに胸を張った。そんな私からお母さんはスッとお父さんへ視線をずらす。
「これがお父さんの入れ知恵じゃないことを祈るわ」
私とお父さんが同時にビクッと体を震わせたのをお母さんは見逃さなかった。
「あら、図星?」
お母さんは目を見開いた。
「ち、ちがう。ただ、麻雀とは何かを杏子に教えただけだ」
「そうだよ、麻雀の〈マ〉を教わっただけだよ」
私とお父さんは顔を見合わせて「ね!」とうなずきあう。
「麻雀の〈マ〉?」
お母さんは首をかしげた。
お父さんは「そうだよ」とうなずいた。
「麻雀の基本。基本の〈キ〉ならぬ麻雀の〈マ〉を教えた」
「そう。それで? 麻雀の〈マ〉ってなにかしら?」
「〈マナー〉の〈マ〉だ」
「あら、なにかの役とかじゃないのね」
「基本は〈マナー〉だ。な? 杏子」
私は「うん」とうなずく。
「麻雀は一人じゃできないでしょう? 四人集まらないとできない。そんな中で一人、自分勝手にやるのがいたら? 気を配らない、身勝手なのはマナー違反だよね」
「それはトランプのゲームとか、UNOとかもそうよね」
お母さんは「ねぇ?」とお父さんに尋ねる。お父さんは「そうだね」とこたえた。
「そう、ほかのカードゲームと同じだね。でもね、麻雀もゲームだけど、やはり戦いでもある。礼儀は必要だ。つまり、マナー。麻雀は賭け事とかのイメージも強いけれど、ちゃんとマナーを守ってやるものだよ。イカサマやインチキはもちろん、相手に気を遣えないのも良くないんだ」
私はお父さんの言葉を胸に刻むようにしっかりとうなずいた。
「プロの雀士って言われる人たちは男性でも女性でもかっこいい人が多いんだけど、その見た目や仕草だけじゃなくてちゃんとマナーや気配りができるからかっこいいんだ。そういうのを気にしながら試合を見るようにしてごらん?」
「プロの試合って観られるの?」
「テレビや動画配信サービスで麻雀が観られるみたいだからね」
お母さんはお父さんのコップが空になったのを見て、お茶を注ぐ。注ぎながら「すごいわね。そんなことを知ってるなんて」とさりげなく言う。お父さんはそれを「ほめられた!」と勘違いしたのか「まあな!」と自慢げに笑った。
「杏子が麻雀に興味を持ってくれて、うれしかったからな。昨日からずっと、今の麻雀について調べているんだ」
「杏子を理由に自分も麻雀ができるのがそんなにうれしいのね」
「ぐっ……」
お父さんは大きく頬張ったなすにむせて、一気にお茶を飲み干した。それを見て私とお母さんは大きく笑う。
「まあ、でもお父さんが教えてくれるからよかったわね。麻雀はルールより役とか点数計算とか、覚えることが多いから」
「そうらしいね」
「でも、杏子はまだ若いもの。すぐ覚えられるわ。楽しんでね」
「うん!」
「ほどほどに、よ?」
「わかってる!」
私は食べ終えた食器を流し台に運んで、そのまま自分の部屋にもどった。そして仲良しグループのラインに〈昨日、麻雀牌買ってもらって、今日届いたよ! 休みの日でもみんなでできるね!〉と送信した。まもなく三人から〈早い!〉〈新品、良いなあ!〉と返事が届いた。
明日から月曜日。また学校がはじまる。部活は週に四日にした。そうしないとなかなかルールを覚えられないと思った私たちが、週三日を提案した多井先生に直談判して決めた。みんなと放課後も遊べる。しかも、麻雀で。
「でも、本田先輩にも入部してもらいたいなあ」
私はふとそんなことを妄想する。
麻雀卓を囲む私と本田先輩。となりでも緊張しそうだけど、対面だったら顔がみれなくなりそうだ……。
「やだぁ、はずかしっ」
私は一人でもだえながらも、明日からの部活動に思いをはせていた。
