魔法☆乙女(マジカルメイデン) ~九尾のキツネと五百年の約束~
第4話 つぶあん
翌朝――。
ルナと合流したあたしは、古びた平屋建ての一軒家の前に来ていた。
昨夜、異界からの帰り道に見た家だ。
ごていねいに『円谷杏子』と書かれた表札が出ている。
「……エンタニアンコ?」
「ツブラヤキョウコ、よ」
「あ、これで『キョウコ』って読むんだ。ルナ、博識ぃ。でも、つぶあんみたい。あはは」
「つまらないことはいいから、ノックするわよ」
「ほーい」
ルナと目を合わせうなずくと、二人同時にノックした。
反応なし。
電気メーターは回っているし、人の気配もする。でも出てこない。おっかしいなぁ。
試しに玄関ドアのノブを回すと、これがすんなり回った。
カギ、かかってないじゃん。不用心だなぁ。
「「……お邪魔しまぁぁす」」
「あぁ、やられた!! ちっくしょぉぉぉぉおおおお!!!!!」
玄関ドアを開けた途端、部屋の中から女性の叫び声が聞こえてきた。
二人して、ビクっとする。
ちょっと待ってみて、どうやら自分たちに向けられたモノではないと分かったあたしたちは、そっと家に侵入した。
電気は点いていないようで、部屋の中は真っ暗だ。玄関先で目をこらす。
手前に小さな台所やお風呂場、洗濯機、トイレなどがあって、更にその先――床の間つき和室のど真ん中に、女性が一人、いくぶん前屈みで立っていた。
真っ暗闇の部屋に一人、ボーっとたたずむ女性。怖っ!!
「ひぃっ!」
「シュールね」
女性はくたびれた赤いジャージの上下を着ていたけど、まぁそれはよしとして。
それより目を引くのは、左右の手に持ったコントローラーと、顔の上半分をそっくり覆ったゴーグル。これ、VRのセットじゃん。
顔は隠れているが、その長い髪で、間違いなく昨夜の巫女さんだと分かる。
「ヘッドホンが音漏れしているじゃない。どれだけ大音響でやっているのよ。呆れるわね。この銃の音からすると、バトルロイヤル系のネットゲームかしら」
あたしたちはズカズカと和室に入ると、まるで侵入者に気づいていない様子の女性の動きを間近から観察した。
女性は微妙に身体を動かしながら、宙に向かって悪態をついている。
ほら、テレビに向かって話しかける人いるでしょ? もう、完全にあれ。
「バトルロイヤル?」
「参戦者を最後の一人になるまで銃で倒していくオンラインのゲームよ。趣味とはいえ、神職の人がやるのはちょっとどうかと思うけど」
「よく分かんないけど、朝なのに部屋を真っ暗にしてゲームやっているだなんて不健康だよ。せめてカーテンくらいは開けないと」
部屋の端まで行ったあたしは、ためらうことなく一気にカーテンを開いた。
光が部屋の中を満たす。
ここで何か異変を感じとったようで、女性がVRゴーグルをオデコの辺りまでズラした。
あたしたちと目が合う。
「な!! なんであなたたちここにいるの!?」
「玄関にカギがかかっていなかったから?」
「え? ホント? 参ったな。昨夜は疲れていたから……。じゃなくて!! 記憶消したはずでしょ!?」
「記憶……は消えていないかな。ルナ、どう?」
「しっかり覚えているわ」
「そんなはずは……。あら? あらあらあら? あなたたち、クウミにマーキングされたのね」
「ぐぇ!」
いきなり顔を両手のひらではさまれたあたしは、そのまま部屋のすみに置かれた姿見の前に連れてこられた。
見ろとばかりに顔を鏡に向けられる。
「あれ? なにこれ」
鏡の中のあたしの頬が不気味に赤く光っている。
どことなくくちびるに似た形だけど、なんとも嫌な気配がただよっている。
ひょっとしてあのときのキスかな。でもちょっと待って、妖怪にマーキングされるってことはひょっとして……。
「これのせいで記憶操作が効かなかったのね。でも、この家にたどり着けたのは何でかしら。家の周囲には道に迷う術を施してあるから、指定した人以外辿りつけないはずなのに」
「あ、それはわたしです。昨夜、靴ひもを結ぶフリをして植木のそばに携帯を隠しました」
「隠したルナの携帯のGPSを追って、ここに辿りつきました」
「おそるべし小学生。呆れるほどの行動力だわね……」
思わず目をむくアンコちゃんに向かって、ルナが手に持った白いビニール袋をヒョイっと上げた。
「コンビニでシュークリーム買ってきたんですけど、食べます?」
「あ、ありがと」
「ペットボトルだけどお茶も買ってきたよ、アンコちゃん」
「いきなりアンコちゃん呼び!? ま、まぁいいけど……」
シュークリームとお茶で何となく仲良くなったあたしたちは、そこはかとなくカビの臭いがする座布団に座ると、さっそく昨夜のことを聞いてみた。
どうせ隠したって無駄だろうと思ったのか、アンコちゃんは対面に座ると、意外とあっさり教えてくれた。
「昨夜いたのは妖狐クウミの住処。私たちは九尾の島って呼んでいるけど、いわゆる異界ってやつよ。夜だったからよく分からなかったでしょうけれど」
「島……なんだ……」
広さが分からないから何とも言えないけれど、島ってからには海かなんかで周囲を囲まれているのだろう。
アンコちゃんが続ける。
「あなたたち、自分たちの幸運に感謝なさい。もうちょっとで帰れなくなるところだったのよ?」
「まぁ確かに怖かったけど……帰れたじゃん! 結果オーライ?」
あたしのリアクションに、アンコちゃんは海より深いため息をついた。
「クウミは人の命を吸い取る、とんでもなく強力な妖怪なのよ。五百年前、村を丸ごと飲み込んだこともあるんだから」
「丸飲み!? ……あぁ見えて、口がグワァって大きく広がるってこと!?」
「そういう意味じゃないでしょ、アサヒ。馬鹿ね。あの妖怪によって、村人の命が軒並み奪われたってことよ」
「ほぇぇ。そーりゃ大変だ」
「だからアンコさんはここにいるんですね」
アンコちゃんは黙って床の間を眺めた。
そこにかけられた古そうな掛け軸には、なにやら絵が描かれていた。
巨大で真っ白な九尾のキツネと、それを取り囲む幾人もの修験者や僧たち。
どうやら妖狐退治の様子を描いた絵らしいけど、そこに一人、長髪の巫女さんが混じっている。……ん? んん?
アンコちゃんはわたしたちに見えるよう、右手の人差し指を立てた。
なになにと覗きこんだわたしたちの目の前で、指の先に火が灯った。
「わわ! なにそれ、なにそれ! 火がついた!」
「……術……ですか?」
「そう。でもこれは、どちらかというと術というより魔法だわね。古今東西のさまざまな術に、魔法に科学との融合と、こう見えていろんな系統の技が使えるのよ?」
「ほえぇ、すっご……」
「そうやって、あのほこらを内から外から護っているの」
「なるほど。でも、裏の専門家に見えて、最新式ゲームなんかもやるんですね」
「そりゃあね。言っておくけど私、科学の分野でも天才と言われているんだから。最新式ゲームどころか、高性能パソコンくらい持っているわよ」
アンコちゃんが指差した先には年季の入った和机があり、その上に大きなタワー型パソコンと、これまた大きなモニターが乗っかっていた。
青や緑でビカビカ光っていて、およそ年頃の女性の使うパソコンじゃない。
アンコちゃんがシュークリームを食べながらポツリとつぶやく。
「クウミのヤツ、尻尾が五本にまで復活していたわ。妖力が戻ってきたから、波長の合ったあなたたちをテリトリーに呼び込んだのね。このままだとアイツはあなたたちの気配を通して現世に出てくるわ。そうしたら五百年前の悲劇の再来よ」
村が滅びるレベルの大災害って、今この山に出てこられたら、真っ先に襲われるのはうちの町じゃん。
「そんなことさせないよ! あたしたちが止める!!」
思わず口走ったあたしを見て、ルナが肩をすくめる。
「と、アサヒも言ってることだし、知っちゃった以上は何とかしなくっちゃね。わたしたちに手伝えることはありますか?」
「あなたたちが? うーん……」
アンコちゃんは座ったまま腕を組んで考え込んだ。
「私は昨夜の戦闘で弾かれちゃったから、もうあの島には入れないの。でもあなたたちは入れる。なにせクウミに『お気に入り』の印をつけられちゃったからね」
「お気に入り!? ひぃぃぃぃぃ! やだやだやだやだ、消して消して消して!」
あたしは鏡を見ながら頬をゴシゴシとこすった。
消えない。汚れとかいう種類のモノじゃないからだ。どうしよどうしよ!
「落ち着きなさいアサヒ。でもアンコさん、というと、私たちはあの島に入れる唯一の存在ってこと?」
「その通り。でも、今のままじゃ島に入った瞬間に食べられてゲームオーバーね。だからまずは、島にある四つのほこらに力を取り戻すとしましょう」
「ほこら? ほこらが力を取り戻すと、どうなるの?」
「手足に鉄球をつけられた囚人のように、クウミの力を強烈に押さえつけるわ。そうなればこっちのもの。私が結界を破って島に侵入して、アイツをもう一度眠りにつかせてあげる。どう? できる?」
「「やります!!」」
あたしとルナは、アンコちゃんに向かって力強く宣言したのでありました。
ルナと合流したあたしは、古びた平屋建ての一軒家の前に来ていた。
昨夜、異界からの帰り道に見た家だ。
ごていねいに『円谷杏子』と書かれた表札が出ている。
「……エンタニアンコ?」
「ツブラヤキョウコ、よ」
「あ、これで『キョウコ』って読むんだ。ルナ、博識ぃ。でも、つぶあんみたい。あはは」
「つまらないことはいいから、ノックするわよ」
「ほーい」
ルナと目を合わせうなずくと、二人同時にノックした。
反応なし。
電気メーターは回っているし、人の気配もする。でも出てこない。おっかしいなぁ。
試しに玄関ドアのノブを回すと、これがすんなり回った。
カギ、かかってないじゃん。不用心だなぁ。
「「……お邪魔しまぁぁす」」
「あぁ、やられた!! ちっくしょぉぉぉぉおおおお!!!!!」
玄関ドアを開けた途端、部屋の中から女性の叫び声が聞こえてきた。
二人して、ビクっとする。
ちょっと待ってみて、どうやら自分たちに向けられたモノではないと分かったあたしたちは、そっと家に侵入した。
電気は点いていないようで、部屋の中は真っ暗だ。玄関先で目をこらす。
手前に小さな台所やお風呂場、洗濯機、トイレなどがあって、更にその先――床の間つき和室のど真ん中に、女性が一人、いくぶん前屈みで立っていた。
真っ暗闇の部屋に一人、ボーっとたたずむ女性。怖っ!!
「ひぃっ!」
「シュールね」
女性はくたびれた赤いジャージの上下を着ていたけど、まぁそれはよしとして。
それより目を引くのは、左右の手に持ったコントローラーと、顔の上半分をそっくり覆ったゴーグル。これ、VRのセットじゃん。
顔は隠れているが、その長い髪で、間違いなく昨夜の巫女さんだと分かる。
「ヘッドホンが音漏れしているじゃない。どれだけ大音響でやっているのよ。呆れるわね。この銃の音からすると、バトルロイヤル系のネットゲームかしら」
あたしたちはズカズカと和室に入ると、まるで侵入者に気づいていない様子の女性の動きを間近から観察した。
女性は微妙に身体を動かしながら、宙に向かって悪態をついている。
ほら、テレビに向かって話しかける人いるでしょ? もう、完全にあれ。
「バトルロイヤル?」
「参戦者を最後の一人になるまで銃で倒していくオンラインのゲームよ。趣味とはいえ、神職の人がやるのはちょっとどうかと思うけど」
「よく分かんないけど、朝なのに部屋を真っ暗にしてゲームやっているだなんて不健康だよ。せめてカーテンくらいは開けないと」
部屋の端まで行ったあたしは、ためらうことなく一気にカーテンを開いた。
光が部屋の中を満たす。
ここで何か異変を感じとったようで、女性がVRゴーグルをオデコの辺りまでズラした。
あたしたちと目が合う。
「な!! なんであなたたちここにいるの!?」
「玄関にカギがかかっていなかったから?」
「え? ホント? 参ったな。昨夜は疲れていたから……。じゃなくて!! 記憶消したはずでしょ!?」
「記憶……は消えていないかな。ルナ、どう?」
「しっかり覚えているわ」
「そんなはずは……。あら? あらあらあら? あなたたち、クウミにマーキングされたのね」
「ぐぇ!」
いきなり顔を両手のひらではさまれたあたしは、そのまま部屋のすみに置かれた姿見の前に連れてこられた。
見ろとばかりに顔を鏡に向けられる。
「あれ? なにこれ」
鏡の中のあたしの頬が不気味に赤く光っている。
どことなくくちびるに似た形だけど、なんとも嫌な気配がただよっている。
ひょっとしてあのときのキスかな。でもちょっと待って、妖怪にマーキングされるってことはひょっとして……。
「これのせいで記憶操作が効かなかったのね。でも、この家にたどり着けたのは何でかしら。家の周囲には道に迷う術を施してあるから、指定した人以外辿りつけないはずなのに」
「あ、それはわたしです。昨夜、靴ひもを結ぶフリをして植木のそばに携帯を隠しました」
「隠したルナの携帯のGPSを追って、ここに辿りつきました」
「おそるべし小学生。呆れるほどの行動力だわね……」
思わず目をむくアンコちゃんに向かって、ルナが手に持った白いビニール袋をヒョイっと上げた。
「コンビニでシュークリーム買ってきたんですけど、食べます?」
「あ、ありがと」
「ペットボトルだけどお茶も買ってきたよ、アンコちゃん」
「いきなりアンコちゃん呼び!? ま、まぁいいけど……」
シュークリームとお茶で何となく仲良くなったあたしたちは、そこはかとなくカビの臭いがする座布団に座ると、さっそく昨夜のことを聞いてみた。
どうせ隠したって無駄だろうと思ったのか、アンコちゃんは対面に座ると、意外とあっさり教えてくれた。
「昨夜いたのは妖狐クウミの住処。私たちは九尾の島って呼んでいるけど、いわゆる異界ってやつよ。夜だったからよく分からなかったでしょうけれど」
「島……なんだ……」
広さが分からないから何とも言えないけれど、島ってからには海かなんかで周囲を囲まれているのだろう。
アンコちゃんが続ける。
「あなたたち、自分たちの幸運に感謝なさい。もうちょっとで帰れなくなるところだったのよ?」
「まぁ確かに怖かったけど……帰れたじゃん! 結果オーライ?」
あたしのリアクションに、アンコちゃんは海より深いため息をついた。
「クウミは人の命を吸い取る、とんでもなく強力な妖怪なのよ。五百年前、村を丸ごと飲み込んだこともあるんだから」
「丸飲み!? ……あぁ見えて、口がグワァって大きく広がるってこと!?」
「そういう意味じゃないでしょ、アサヒ。馬鹿ね。あの妖怪によって、村人の命が軒並み奪われたってことよ」
「ほぇぇ。そーりゃ大変だ」
「だからアンコさんはここにいるんですね」
アンコちゃんは黙って床の間を眺めた。
そこにかけられた古そうな掛け軸には、なにやら絵が描かれていた。
巨大で真っ白な九尾のキツネと、それを取り囲む幾人もの修験者や僧たち。
どうやら妖狐退治の様子を描いた絵らしいけど、そこに一人、長髪の巫女さんが混じっている。……ん? んん?
アンコちゃんはわたしたちに見えるよう、右手の人差し指を立てた。
なになにと覗きこんだわたしたちの目の前で、指の先に火が灯った。
「わわ! なにそれ、なにそれ! 火がついた!」
「……術……ですか?」
「そう。でもこれは、どちらかというと術というより魔法だわね。古今東西のさまざまな術に、魔法に科学との融合と、こう見えていろんな系統の技が使えるのよ?」
「ほえぇ、すっご……」
「そうやって、あのほこらを内から外から護っているの」
「なるほど。でも、裏の専門家に見えて、最新式ゲームなんかもやるんですね」
「そりゃあね。言っておくけど私、科学の分野でも天才と言われているんだから。最新式ゲームどころか、高性能パソコンくらい持っているわよ」
アンコちゃんが指差した先には年季の入った和机があり、その上に大きなタワー型パソコンと、これまた大きなモニターが乗っかっていた。
青や緑でビカビカ光っていて、およそ年頃の女性の使うパソコンじゃない。
アンコちゃんがシュークリームを食べながらポツリとつぶやく。
「クウミのヤツ、尻尾が五本にまで復活していたわ。妖力が戻ってきたから、波長の合ったあなたたちをテリトリーに呼び込んだのね。このままだとアイツはあなたたちの気配を通して現世に出てくるわ。そうしたら五百年前の悲劇の再来よ」
村が滅びるレベルの大災害って、今この山に出てこられたら、真っ先に襲われるのはうちの町じゃん。
「そんなことさせないよ! あたしたちが止める!!」
思わず口走ったあたしを見て、ルナが肩をすくめる。
「と、アサヒも言ってることだし、知っちゃった以上は何とかしなくっちゃね。わたしたちに手伝えることはありますか?」
「あなたたちが? うーん……」
アンコちゃんは座ったまま腕を組んで考え込んだ。
「私は昨夜の戦闘で弾かれちゃったから、もうあの島には入れないの。でもあなたたちは入れる。なにせクウミに『お気に入り』の印をつけられちゃったからね」
「お気に入り!? ひぃぃぃぃぃ! やだやだやだやだ、消して消して消して!」
あたしは鏡を見ながら頬をゴシゴシとこすった。
消えない。汚れとかいう種類のモノじゃないからだ。どうしよどうしよ!
「落ち着きなさいアサヒ。でもアンコさん、というと、私たちはあの島に入れる唯一の存在ってこと?」
「その通り。でも、今のままじゃ島に入った瞬間に食べられてゲームオーバーね。だからまずは、島にある四つのほこらに力を取り戻すとしましょう」
「ほこら? ほこらが力を取り戻すと、どうなるの?」
「手足に鉄球をつけられた囚人のように、クウミの力を強烈に押さえつけるわ。そうなればこっちのもの。私が結界を破って島に侵入して、アイツをもう一度眠りにつかせてあげる。どう? できる?」
「「やります!!」」
あたしとルナは、アンコちゃんに向かって力強く宣言したのでありました。