ほんとの君を知りたい。
高校2年の10月頭。
体育祭が行われた後の教室は、打ち上げどうする?という話題で盛り上がっている。
そんな中、私、山下由愛は盛り上がりの輪に入らず、1人席に座っていた。
2学期が始まった9月に転校してきた私には、いまだに1人の友達もいない。
父親の仕事柄、転校することが多く、初めのうちは頑張って友達を作っていたけど、どうせ今だけと思ってから友達作りをしなくなってしまった。
「山下さん、打ち上げ行く?」
スマホをいじっていたら、不意に声をかけられた。
顔を上げると、そこにいたのはクラスメイトの松田くん。
びっくりしながらも、
「あ…用事あるから遠慮しようかな」と返すと、
「そっか、じゃあまた今度ね」
じゃ、と輪の方へ戻っていった。
松田くん。
彼は、転校してきたばかりの私でもすぐ覚えたくらい、イケメンで何でもできて、男子にも女子にも好かれている、みんなの人気者。
クラスだけでなく学校内で目立つ存在だ。
「松田、打ち上げどこ行くー?」
「んー、ご飯とかは?」
「私、カラオケ行きたい!松田くん歌上手いんでしょ?」
「いや上手くないよ」
「上手いよ、松田マジで!カラオケ行こーぜ!」
聞こえてくる楽しそうな声。
話の中心には、やっぱり松田くんがいる。
きっと高校生活、謳歌してるんだろうなぁ。
私とはまるで正反対だ。
さっき、なんで私を誘ってきたんだろう。
ふと不思議に思う。
今まで松田くんとは一回喋ったことあるかないかくらいなのに。
誰かに言われたのかな。
わっと一層盛り上がる声に、思わず目を向ける。
楽しそうで羨ましい。
私もほんとは混ざりたい。
そういう気持ちもゼロではないけど…
ま、いっかな。
さて、帰ろ。
私はカバンを持って教室を出た。
学校に友達がいなくても、私には私の居場所がある。
向かった先は、駅前のショッピングモール。
と言っても、何かを買うわけではない。
まっすぐトイレの個室に入った私は、カバンから私服を取り出し着替える。
そして、もう一つ持っていた袋から、ヒールの靴を取り出して、革靴と履き替えた。
脱いだ制服と革靴は、それぞれ空いたカバンと袋に詰め込む。
個室を出ると今度は化粧台へ行き、カバンからメイクポーチを取り出した。
掛けていた眼鏡を外しカラコンをつけ、メイクを始めた。
みるみるうちに、友達がいない地味な女の子から、今をときめく華のセブンティーンに変化していく。
最後に、ノーセットだった髪の毛を、コードレスヘアアイロンで良い感じにセットすれば…。
「はい、完璧」
鏡に写る自分を見て、そう呟いた。
スマホを取り出し、鏡に向けて、パシャリと一枚。
うん、いい感じ。
生まれ変わった私は、トイレを出ながら、『私の居場所』を開いた。
ゆーあyuua
フォロワー1.2万人
そう、私の居場所は、インスタグラム。
中学生の頃から始めて、メイクやファッションなど好きなことを投稿しているうちに、気づいたらフォロワーがたくさん増えていた。
色んな人が見てくれたり反応してくれるのが嬉しい。
現実世界で友達と呼べる人がいない私にとって、フォロワーが友達みたいなものなんだ。
学校の子たちが、こんな私を知ったらびっくりするだろうな。
そんなことを思いながら、ショッピングモールを出た。
隣接してる図書館の前を通りかかった時。
ドンッ!
「わっ、」
急に横から出てきた小さな人影が、私にぶつかって、ヒールを履いた足がよろめいた。
何とか転ばずに済んだものの、手に持っていたカバンが地面に落ち、中身が飛び散ってしまった。
「、ごめんなさい…」
小さく謝る声の方へ目をやると、小学生低学年くらいの男の子がビクビクした顔で私を見てる。
「大丈夫だよ、気にしないで」
にっこり笑うと安心したのか、男の子はまた走って行った。
小さい子供だし、こんなことでいちいち怒ったりしないけどさ…
随分派手に散らばったな。
地面に落ちている荷物を見て苦笑する。
よいしょ、としゃがみ込んで、荷物を拾ってカバンに放り込んでいく。
「大丈夫ですか」
不意に上から聞こえた声と同時に、誰かが近くでしゃがみ込んだ。
見ると、拾うのを手伝い始めた1人の男子高校生。
「あ、ありがとうございま…」
お礼を言いながら、その人の顔を見てドキッとした。
松田くん⁉︎
なんでここに?
焦る私をよそに、気づいてない松田くんは、拾った小物類を私に手渡してくる。
学校の私と別人だし、分かるわけないと思うけど、万が一バレたら最悪だ。
顔を隠すように俯きながら、急いで残りの荷物を拾い集める。
「あれ…え?」
松田くんから疑問系の声が聞こえて、何事かと顔を上げるとパチッと目が合って、
「…山下さん?」
松田くんは私の名前を呼んだ。
心臓がどくんと跳ねる。
「山下さん…で合ってる?」
手に持った何かを見て、また私の顔を見る松田くん。
手元に目を向けると、そこには私の顔写真付きの学生証があった。
しまった!と思った時にはもう遅い。
「あ、あの……すいません」
テンパった私はなぜか謝ってしまった。
「はは、なんで謝るの?」
「いや、なんか…」
松田くんは笑いながら、はいと私に学生証を渡した。
「ありがとう」
「山下さん、私服だとこんな感じなんだね」
「あ、いや、まぁ…」
「普段と違いすぎてびっくりした」
ですよねー。と心の中で呟く。
「あの、松田くん打ち上げは…」
「あー、やっぱり行かないって断ってきた」
「えっなんで?」
「まぁ、ちょっとね」
理由を言わない松田くん。
変なのと思いつつ、それ以上聞かないでいると、「じゃあ俺行くね」と立ち上がった。
「あっ、待って」
慌てて私も立ち上がって呼び止める。
「なに?」
「あの…このこと、学校の人には言わないでほしい」
「このこと?」
「私が学校の時と全然違うこと」
「あー、わざわざ言わないけど…知られたくないの?」
「まぁ…ちょっと色々と…」
含みを持った返事をすると、
「わかった。じゃあ俺も、学校のみんなに言わないでほしいこと、山下さんに言うよ」
そう言われて、どういうこと?と思ってる間に松田くんは話し始めた。
「図書館に行きたかったんだ」
「図書館?」
「そう、読みたい本があって。それが打ち上げ断った理由」
「え、それで断ったの?」
「そ」
意外。
心の中で呟くと、松田くんはそんな私の心を見透かしたように、「意外って思ったでしょ」と言った。
「あ…うん」
「みんなにもそう思われると思ったし、それで断れる気がしなかったから、みんなには、親から急に早く帰ってこいって連絡あったって嘘ついた」
えっ。
嘘ついたって…
「それ、私に言って大丈夫?」
「わざと言ったんだよ、これでおあいこでしょ?」
「…あ」
学校の人に言わないでほしいことをお互いに知ってたら、絶対に言わないからって…そういうこと?
「俺と山下さんだけの秘密ね」
「…わかった」
「約束だよ」
そう言って、松田くんは私の前に小指を出してきた。
「え?」
「ほら、」
戸惑いながら、その小指に私の小指を重ねると、「指切りげんまん〜」と歌い出す松田くん。
「指切った!はい、じゃそういうことで。じゃあね」
「あ、うん」
あっという間に、松田くんは図書館の中へ入っていった。
その場に残された私。
松田くんは、人気者で、いつもみんなの中心にいる。
でも…。
思っていた人と、少し違うのかもしれない。
私自身、学校で見せない姿があるように。
思わぬきっかけで知った意外な一面に、心の中がさわさわと音を立てる。
ほんとの松田くんは、どんな人なんだろう。
私は小指に微かに残された温もりを感じながら、松田くんが消えていった図書館の方を見つめた。


