月のうさぎと地上の雨男
「母さん、雫、そろそろ凪を返して」

「はいはい、騒がしくてごめんなさいね、凪ちゃん。またお話しましょうね」

「またね、凪先輩」

「はい、ありがとうございました!」


 渡は凪の手を引いて自分の部屋に向かった。

 扉を閉め、そっと凪を抱きしめた。


「ごめんね、騒がしくて」

「ううん、ありがとう、渡くん」


 凪は渡に抱きついて、胸に顔を埋めた。

 ……完全に二人きりになるのは初めてのことだった。


「私が落ち込んでたから連れてきてくれたんでしょう? 嬉しかったよ、『彼女』って紹介してくれて」

「当たり前だろ。凪は俺の大事な彼女なんだから」


 渡はゆっくりと身体を離し、凪をベッドに座らせた。

 自分も隣に腰を下ろし、再び凪を抱き寄せた。

 凪が目を閉じたので顔を寄せる。

 何度か触れると、凪がふにゃりと笑った。


「渡くん、ありがとう」

「こちらこそ。ごめん、いきなり連れてきて」

「ふふ、いいよ。嬉しい」


 二人はまた唇を重ねた。

 蛙前が食事の知らせに来るまで、渡は凪を強く抱きしめていた。

 晩ごはんのときには譲も帰宅していた。


「渡が彼女をうちに連れてくる日が来るとは思わなかったな」

「そのうち私も彼氏連れてくるよ」

「えっ、雫に彼氏!? 早すぎるだろ!!」

「そのうちだって」


 譲と雫が騒ぐのを楽しそうに見ながら凪は箸を進めていた。

 渡はときどき凪に話しかけながら、いつもよりゆっくりと食べた。


「凪、苦手なものはない?」

「大丈夫。全部美味しいよ」

「よかった、蛙前が頑張っていたから」

「お口に合って何よりでございます」


 デザートまで食べて、凪は席を立った。


「本日は急な訪問でしたのに、ありがとうございました。とても、楽しかったですし、歓迎していただけて嬉しかったです」


 頭を下げる凪に、譲が柔らかく笑った。


「そんなにかしこまらないでください。今日は”月詠のご息女”ではなく、”息子の彼女”を歓迎しただけです」

「そう言っていただけるのが、一番嬉しいです。まだまだ至らないことばかりですが、息子さんは私が幸せにしますので」

「凪……?」

「はは、月詠の次期頭領にそう言っていただけると、私も父として安心です。こちらこそ、ふつつかではありますが、大事に育てた息子です。どうぞ、よろしくお願いします」


 まるで結婚が決まったかのような挨拶を交わす譲と凪に苦笑しつつ、渡は凪を駐車場まで送った。


「気をつけて帰ってね」

「うん、ありがとう渡くん」

「……俺も、凪を幸せにする」

「もう十分してもらってる」

「一生ってことだよ」

「楽しみにしてる」


 渡は車が見えなくなるまで手を振った。

 家に戻り、風呂を済ませて自分の部屋に戻った。

 窓からは月が見えていた。

 二月の夜は冷えたけれど、渡は窓を開けて月をじっと見上げていた。
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