月のうさぎと地上の雨男
 状況がおぼろげながらわかったのは、その日の夕方に(あや)から美凪子(みなこ)……月詠婦人への連絡でのことだった。


『どうも、雨水家の頭領の息子さん? と私のお見合いらしくて……』


 困惑した声の凪に、渡も意味が分からなかった。

 佳貴(よしたか)と凪との婚約は、そもそもが口約束程度だったし、美佳と美凪子で中止にしたはずだ。


「ありがとう。頭領に確認する。少なくとも俺は聞いていないし、頭領もそんなことを承知する人じゃないはずだ」

『うん。信じていい?』

「もちろん。どうしてもお見合いが行われるのなら、君をさらってでも阻止する」

『わかった。信じてる』


 電話を切って、渡は家族用チャットに凪から聞いた話を送る。

 そのまま譲に電話をかけた。


「送ったの見た?」

『まだ』

「佳貴と凪の見合いらしいんだけど」

『姉貴に確認……あ、姉ちゃん、佳貴は?』


 電話の向こうで譲と美佳が話しているのが聞こえた。

 すぐに美佳が渡に話しかけてくる。


『情報源は?』

「凪の妹の綾さんから聞いたって」

『もう少し詳しく聞けるか? こっちも佳貴を詰める』


 渡は電話を切って凪にかけた。

 ……しかし、美佳は佳貴に『確認する』、ではなく『詰める』と言っていたから、なにか心当たりがあるのかもしれない。

 凪はすぐに電話に出て、状況を聞けた。


『えっとね、綾と(ゆう)宛てにパパから「ゴールデンウィークに凪と雨水の息子との見合いがあるから、地球に帰る」って言われたみたい。それで綾が不思議に思って私に教えてくれたの』

「なるほど。月詠婦人は何か言ってた?」

『パパと連絡がつかなくてイライラしてる。そもそもママに「凪と雨水の見合い話を再開することにしたから、ゴールデンウィークに帰る」って連絡があって、ママが聞き返す前に切れちゃったんだよね。この次期って月が日本から遠くて、連絡がつきにくいし、途切れやすいんだよ』

「そっか。ありがとう。あ、宗輔(そうすけ)が綾さんとまた山に行くのを楽しみにしてたって伝えてもらえる?」

『もちろん。綾も行きたがってたから、喜ぶよ』


 通話を終えて再び譲に電話する。

 譲がやけにひそひそした声で電話に出た。


『渡? どう、なんかわかった?』

「月詠の頭領が『凪の見合いのためにゴールデンウィークに地球に戻る』って、綾さんに言って、それを不思議に思った綾さんが凪に連絡してくれたらしいけど……親父、どしたの? なんかあった?」

『……姉貴が、ぶち切れてる』

「あー……」


 渡は早急に電話を切りたくなった。

 そうもいかないし、自分のために父が頭領の怒りに耐えているのはわかっている。だから切らないけれど、本音では切りたかった。
 何しろ怖い。

 渡は昔、透と佳貴と三人で雨水本家で鬼ごっこをして、高そうな壺を割ったときに美佳に怒られたことがあった。

 本当に怖かった。

 二度と伯母を怒らせてはいけないと、幼いながらに学んだのだ。


「あの、ちなみに伯母さんは何に怒ってるの?」

『義兄さんと佳貴に、だ。二人が画策ってほどじゃねえけど、凪ちゃんとの見合いを仕組んだらしい』

「伯父さんが?」


 渡もつられて声を潜めた。

 おとなしく、物静かでいつも伯母の影に隠れているような伯父に、伯母を出し抜こうとする気概を感じたことはない。


『んー、義兄さんは佳貴に乗せられただけって感じだけどな。えっと、タイミング見て帰るから、蛙前(かわずまえ)に晩ごはんは俺の好きな物よろしくって伝えておいて』

「わかった」


 渡は電話を切って、台所へ向かった。

 蛙前に晩ごはんをお願いしてから、歌帆と雫を捕まえた。


「ふうん。なんだか大変そうねえ。どうしましょ、迎えに行こうかしら」

「野次馬じゃん」

「夫のピンチに妻が颯爽と駆けつけて何が悪いのよ」


 歌帆は「ふふん」と強気に笑ってスマホを取り出すと、滝草(たきくさ)を呼び出して、さっさと行ってしまった。


「母さんの行動力すごいよねえ」

「そだね……」

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