月のうさぎと地上の雨男
 一時間もしないうちに、歌帆は譲を連れて帰ってきた。

 よれよれの譲を、蛙前が風呂へ向かわせる。

 少し元気になったらしい譲と三人で晩ごはんを取った。


「春休みに、渡と凪ちゃん、風間(かざま)の宗輔くんと綾さんの四人で何度か出かけただろう?」


 ため息をつきながら譲が言った。


「その話を渡と宗輔くんがしているのを佳貴が聞いて焦ったらしい。すでに渡と凪ちゃんの仲が風間も公認であると気付いてな」

「……なるほど」


 たしかに渡は宗輔とその話を学校でしたことがある。

 食堂や移動中に、


「次どこがいいかな」

「せっかくだし景色がいいとこがいいな」

「アウトドア用品を見に行ってもいいね」


 なんて、ほぼ互いにのろけていたような会話を二人でした覚えはある。

 それを聞いて、佳貴が焦ったというのか。

 正直、渡には意味がわからなかった。


「えー……なんそれ。あ、でも佳貴に『貸しておいてやる』とは言われた。正月、帰るときに」

「それは言っとけよ。それで焦った佳貴くんが義兄さんに『雨水の頭領の息子として、母さんの役に立ちたいんだ』とかなんとか言って、月詠の頭領に連絡を取った……ということだな」

「それ、美佳伯母さんめちゃくちゃ怒ってたでしょ」

「それについては思い出したくない」


 小さくなって首を横に振る譲に、歌帆がニコッと微笑んだ。


「佳貴くんはしばらく謹慎、義兄さんはスマホお取り上げですって」

「あらら」

「まあ、あちらはあちらで、姉貴と園佳(そのか)さんがとにかく優秀だからな。義兄さんと佳貴くんの肩身が狭かったのも原因だとは思うが……それにしたってな」

「まあうちのことはいいんだけど、月詠の頭領にお見合い中止の連絡はしたの?」

「……できてない」


 やっぱり、と渡は思ったが黙っていた。


「月の位置が良くなくて、うまく連絡がつかないんだ。……たぶん佳貴くんはそのタイミングも見計らっていたんだろう」

「そっかあ。今聞いた話は凪にしても大丈夫?」

「かまわない。というか歌帆さんから、月詠婦人に伝えているだろう?」

「ええ、情報は共有済みです」

「しかし凪ちゃんも、いきなりそんな話をされて不安だろうから、渡からも話しておきなさい」

「うん、そうするよ」


 食事を終えて、渡は凪に判明した状況を送っておく。

 風呂を終えてから、渡がベッドに寝転がってスマホを見ると、一通のメッセージが届いていた。


『あの子と結婚するのは僕だ。分家は分家らしく引っ込んでろ』


 渡は黙ったまま、拳を握りしめた。
< 79 / 111 >

この作品をシェア

pagetop