箱入り令嬢ですが恋がしたいのです〜選ばれなかった御曹司に溺愛されて結婚します〜
 囁かれる声が甘い。頭の上から落ちてくるその優し気で甘い声に身体の奥に震えるような衝動が起きる。

 胸が急にドキドキして逸りだした。目の前に大人の男性、なんだか嗅いだことのないような爽やかで心地よい香りは柔軟剤とは違う。衣服から放たれる鼻腔をくすぐる微かな香りがより神経を昂ぶらせる。

「ふふ……」

「え?」

 ひとりドキドキしていたら頭の上にほんのり熱を感じて、その声で熱の正体がこぼされた笑い声だと分かった。

「あの、なに……」

 なにかおかしなことをしてしまっただろうか。この胸の音が聞こえている? そんなバカなことを思っていたらサラッと背中に落ちた毛先の感覚。

「返事してたね」

「え」

「棚に」

「……」

「いきなり声かけられたのかと思ったら棚と喋ってんだもんな」

 集中していてほかにだれかいるなど気づかなかった。いつからこの人はこの部屋にいたのだろうかと思うと途端に恥ずかしくなる。周りなど何も見えないほど夢中で作業していた。自分はどんな顔で? おかしな動きはしていなかっただろうか。髪の毛も乱雑にまとめて、腕まくり、社員証は背中に回して……。

 ――恥ずかしい、やる気出しすぎ。

 そこに絡まった社員証に引っ張られてひとり返事をしていた私……一気に顔が赤くなる。

「す、すみません」

「謝ることじゃなくない? それだけ集中してたんだろ?」

「は、はぁ……まぁ、その……」

 しどろもどろに返事しつつも、赤くなる顔を晒せない。俯いて照れ隠しでくくっていた髪の毛をほどきその場しのぎの手ぐしでなんとなく整える。

「終わった?」

「あ、はい。とりあえずは」

「お疲れさま」

「ひゃ!」

 そう言っていきなりほっぺに冷たい刺激を与えられて変な悲鳴をあげてしまった。頬に当てられたのは定番の名前のスポーツドリンク。

「割と重労働だよな? ひとりでよく頑張りました」

「あり、ありがとうございます」

「手伝いにきたのに終わってんだもんな。仕事速い」

「え?」

「ぼちぼちやったらいいんだよ。あんまり気負いすぎないで、なんかあったら声かけて?」

 ――え?

「玄野柊也(しゅうや)です」

「……み、巳波佳乃です」

「知ってる」

 ――え?

「君の補佐役です。今日からよろしく」

 それが玄野さんと私の出会いだった。
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