箱入り令嬢ですが恋がしたいのです〜選ばれなかった御曹司に溺愛されて結婚します〜
 入社してまだ数日。

 初めてひとりで任されたのは、過去資料のファイリング整理と棚入れ作業だった。重いファイルを何度も抱えて移動するたび、首から下げた社員証が胸元に当たるのが気になって、それを背中へ回したのは単純に邪魔だったから。外して置いて忘れたら困るな、邪魔なのは今だけだし、そんな軽い気持ちでくるっと紐を回転させるように背中に回したのだ。

 こんなものはあとで直せばいいだけだし、今はだれもいないひとりきり。とくに気にすることもなく目の前に積まれる資料と棚に集中した。

 ファイルする時も前傾姿勢。耳にかけても落ちてくる髪の毛だって邪魔で軽くローポニーにして気合を入れる。しゃがみ込んでファイルを手にしたり、棚へファイルを押し込んだり。なかなかの重労働だったけれど慣れてくれば身体がルーチン化する。
 
 一通り片付いた……そう思い「ふぅ」と小さく息をついて立ち上がった、その瞬間。

 首元に、きゅっとした抵抗と引き寄せられるような感覚を感じて思わず「はい」と返事して振り向いた。けれどそこには誰もいなくて背面にあるのはただの棚。

「……」

 スチール棚の取っ手に背中へ回していた社員証が引っかかっていただけだった。

「恥ずかし。返事しちゃった……いたっ」

 引っかかっていたのは社員証だけではない。スチール棚の支柱にある小さな突起部分に私の髪の毛までがっちりと絡みついてしまっていた。

「待て、動かない」

 ――え?

「持ち手にいろいろ引っかかりやすいんだよな。髪の毛は無理に引っ張ると切れる、ちょっと待って」

「あ、えっと、あの……」

 正面からいきなり距離を詰められて、私の視界は艶のある濃紺スーツで埋められた。

 ――きょ、距離ちか……っ!

「細い毛だね……隙間に絡み込んでる。動かないでね」

「は、はい……」
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