Bella Notte
***
 
 WEB配信される熱愛の報道合戦はとどまるところを知らない。
 SNSで拡散されて、コメント欄はファンの人たちの嘆きや祝福で溢れている。

 「人気モデルで俳優のSAKURAI、CAとの深夜の海辺熱愛」

 モザイクとぼかし、交錯する証言。だけど…… そこに自分が確かにいた。
 名前も顔も伏せられているはずなのに、地元の誰かが送ってきたメッセージにはこう書かれていた。

 『これ、楓じゃない?』

 心臓が、不安と緊張で跳ねてうるさいくらいに高鳴る。
 報道の波紋は静かに、しかし確実にささやかな生活を飲み込もうとしていた。

 ホテルのスイートは異空間のように静かで、桜井が手配したその部屋は都心を見下ろす高層階の隅にあり、香りも音もすべてが包み込むように設えられていた。

 ふと体を包み込む腕が優しく後ろから伸びてくる。
 「楓、ただいま」
 そういってほほ笑む顔には、少しだけ疲れが見える。
 泣きそうになるのを抑えて。
 「おかえり、桜井。お疲れ様」
 そういうのが精いっぱい。

 そばに座り、触れることなくこう呟く。
 「……俺、たぶんキャリア捨ててもいいと思ってる」

 その声は、甘い夜の中にあるのに確かに決意した、力のある声。

 誰よりも自分の表情を見てきた桜井は、それを守りたいと願っている。
 そう感じるには十分だった。

 けれど、答えられない。
「ごめん」も「嬉しい」も。

 ふと苦しくなって視線を逸らして見つめる窓の外では、車のテールランプが点と線を描いていた。
 その光を見つめながら、自問する。
 
(どうしたらいいのか分からない、だけど、頷いてはいけないのだけは分かる)

 桜井が再び電話に呼ばれて立ち上がり部屋の奥へと消えていった。
 そして部屋にひとり残され、ソファに座ったまま膝を抱えた。
< 142 / 196 >

この作品をシェア

pagetop