Bella Notte
 頭皮を優しくマッサージしてくれながらそう呟いていて。

「ううん、そんな事ないよ。本当に忙しすぎて、もっとここに帰ってきたいし」
 少しだけ涙がこぼれそうになりながら、きつく目を閉じる。

 しばらく心地よい沈黙の中、シャンプーが終わって席へ案内される。

「今日は、少し髪の毛切って、カラーしようか」
 そう言って鏡越しに微笑んでくれる。
「うん、ありがとう」
 あの頃、父と母が亡くなった頃もこうやって髪の毛の手入れをしてもらいながら色んな事を話した。

「健人君は、いい人いないの?」
 あの頃もよく聞いていた。
「そんな人いないよ」
 って今も変わらない答え。
 何だかそれが可笑しくて、笑っていると健人君も楽しそうに笑ってくれる。
「俺は、毎日サロンで働いて、この丘の上からの移り行く景色を見るだけで幸せなんだ」
 本当に幸せそうに微笑むからいつもそれ以上何も言えなくなる。

 すっかり髪の毛が綺麗になった。
 何だか気持ちもスッキリしてきた。

「ありがとう」
「どういたしまして」
 そう言ってお金を払おうとするのに、いつも受け取ってくれない。

「分かった、じゃあ今日は私がご飯つくるね」
 そう言って、サロンのドアを開くとそこには見知らぬ人が立っている。

 短く切ってある髪はきっちりとセットされていて。
 切れ長の瞳からは鋭い光が放たれている。
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