ダイヤの首輪─先生の歪んだ愛に囚われて─

油断

 あれから、大学の講義がまったく頭に入らない。
 気がつくと、夏雄先生のことばかり考えている。
 夜もほとんど眠れていない。

 フラフラ歩いていた私を見て、友達が心配して声をかけてきた。

 ヤバい。日常生活に支障をきたしている。
 ……もうダメだ。あの人に関わるのはやめよう。
 絶対に、もう会わない。

 ——そう心に決めたはずだったのに、

 いつの間にか、近くにいる。
 この前なんて、遠くの本屋に行ったのに、なぜか先生がいた。
 偶然……だとは思うんだけど。
 とにかく、もう関わらないでおこう。
 そう、固く誓った。

 * * *

 その日の帰り道。

 バイトを終えて、すぐに家へ帰ろうとした。
 すると、近くの居酒屋の前で、しゃがみ込んでいる男性が見えた。

 ——夏雄先生だった。

 顔が真っ青になっていた。
 周りには高校時代の先生たちが数人いて、先生は「大丈夫」というジェスチャーをして、他の先生たちは心配しながらも去っていった。

 どうしよう……。
 なんでまたいるの?
 他の先生達も沢山いるし、先生が連れてきた感じはない。
 関わりたくない。

 でも、すごく具合が悪そうだった。
 そのまま無視すればいいのに。
 私は、思わず話しかけてしまった。

「夏雄先生……どうしましたか……?」

 先生は、いつもと違う、どこか虚ろな目で私を見つめた。

「水島か……ちょっと合わない酒を呑まされすぎて……」

 私は急いでコンビニに行き、水を買って先生に手渡した。
 先生は、それをゆっくり飲み干す。
 少しずつ、落ち着いてきたように見えた。

「ありがとう……」

 弱っている先生の方が、なんだか安心する——
 ……そんな不謹慎なことを、ふと考えてしまった。

「もうちょっと落ち着いてから帰りたいんだけど……一緒にいてもらっていい?」

 少しだけ悩んだけれど、今日は大丈夫な気がした。
 私は先生に連れられて、人通りの少ないオフィス街を歩いていた。
 しばらく歩いた先に、小さな休憩スペースがあった。
 二人でそこに腰を下ろす。

 先生は遠くを見つめていた。
 その横顔が、私からは見えなかった。
 酔いは、もう覚めたのかな。
 時間を確認しようとスマホを出して、ハッとする。

 ——財布が、ない。

 焦ってカバンの中を探り始めた。
 その様子に先生が気づいた。

「どうした?」

「財布がなくなってしまって……」

 先生は少し考え込んだあと、こう言った。

「俺が後で探すから、水島は帰りな」

 そしてスマホを取り出す。

「見つかったら連絡するから、電話番号教えて」

 電話番号——
 先生と距離を置こうとしていたのに。
 でも、財布がないと困る。キャッシュカードも入ってるし。
 仕方なく、連絡先を交換した。

 ──その時、空気が変わった。

 先生は立ち上がると、ゆっくりと私の方へ歩いてきた。
 その瞳は、どこか揺れていて、
 いつも以上に怖かった。
 私は反射的に全身に力を入れて、警戒した。

「お前さ、油断しすぎ。無防備すぎるだろ」

 ……何を言ってるの、この人。

「純粋で、何色にも染まってない」

 息が浅くなっていく。

「お前を見てると……汚したくなる」

 私は——

 全力で逃げ出した。
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