【書籍化】つまらない女だと婚約破棄されましたが、浮気男はこっちから願い下げです〜行き遅れた秀才令嬢は、天才侯爵に溺愛されるようです

28.絶対そのつもりでしたよね!?


 ゴーレムは土でできた大型の魔物で、並の魔法使いなら三人以上で対処すべき相手だ。

 正直なところ、戦闘経験の乏しいミラにはゴーレムを倒す自信はこれっぽっちもなかった。いくら魔力量が他人より多くて魔力操作に優れていると言っても、経験の差は埋められない。

 対するクリスはほとんどの属性を極めていて、魔法師団でいうと特級並の実力を持っている。ミラはもはや、彼がゴーレムを倒してくれる事を祈る他なかった。

 クリスはその祈りに応えるかのように、優しく落ち着かせるような声で言葉をかけてきてくれる。

「そう慌てるな。ここには幸い、水がたくさんある」

 こちらに向かって物凄い勢いで走ってくるゴーレムに、クリスは右手をかざした。ゴーレムが着地するたび、ズシンズシンと地面が揺れる。

(どうしよう。いくら強固なシールドを張ったからって、ゴーレムの攻撃に耐え続けられる自信は……)

 ミラと少年三人組の視線は、クリスの背中と迫りくるゴーレムに注がれていた。一人と一匹の対決を、ミラたちは固唾を飲んで見守るしかなかった。

「溺れて土塊(つちくれ)にもどれ」

 クリスが短くそうつぶやいた途端、湖の水が巨大な球を形作り、ゴーレムに襲いかかった。ゴーレムは一瞬にして水球に囚われ、水の中で苦しそうにもがいている。

 手足をバタバタと動かし続けるゴーレムは、土でできた体の表面がボロボロと崩れ、水と混じり合っていく。まるで命が溶けていくように、その巨体はどんどん萎んでいった。

 そして程なくして、水球はゴーレムを完全に溶かし、泥水となって地面にバシャンと散らばった。

(……た、助かった……)

 ミラは九死に一生を得た気分だった。敵は片付いたというのに、心臓はまだドクドクと早鐘を打っている。こんなにスリリングな体験、生まれて初めてだ。

 ゴーレムをあっさりと片付けてしまったクリスは、涼し気な顔で振り返った。

「怪我はないな?」

「先生、流石です……!」

 ミラが感嘆の声を漏らし、尊敬の眼差しをクリスに向けていると、足元にしがみついていた少年たちもその目を一様にキラキラと輝かせていた。この年頃の男の子にとっては、魔法はきっと憧れの対象だろう。

「すっげえ!!」

「うわあ……すごいなあ……!」

「かっこいいです……!」

 皆から揃って褒められたというのに、クリスは全くの無表情で聞き流していた。彼にとっては、これくらいどうってことなかったのかもしれない。

 すると、ハツラツとした少年がクリスの元に駆け寄った。

「ねえ、兄ちゃん!! 俺も練習すれば魔法使えるようになる!?」

 少年のあまりの勢いに、クリスはわずかに気圧されていた。この様子だと、彼は子どもの扱いにあまり慣れていないのかもしれない。

 少年が期待に溢れた瞳でクリスを見つめていると、他の少年たちが慌てて窘める。

「魔法は貴族にしか使えないんだよ!?」

「ほら、早く謝ってください! お兄さんはきっと、どこかの偉い貴族の方なんですから!」

「ええっ!? そうなのか!? す、すみませんでした!! タメ口で失礼な態度を取ってしまって……」

 クリスが貴族だとわかった途端、少年はアワアワと狼狽し顔を青くしていた。クリスの仏頂面が怖いのもあるのだろう。残念ながら、彼はあまり子供ウケする顔ではない。

「いや、気にするな」

 クリスはその表情を最大限和らげると、少し屈んで少年と目線の高さを合わせた。

「だが、そうだな。今は無理だが、お前もいずれ魔法を使えるようになる」

「え……?」

「そう遠くないうちに、このお姉さんが平民でも魔法を使えるようにしてくれる。彼女は非常に優秀な研究員でな」

 クリスはそう言うと、ミラにちらりと視線を向けた。それに誘われるように、少年たちの視線もミラに注がれる。

「そうなの……? いや、そうなんですか……!?」

「お姉さん、研究員なんですね! 憧れます!」

「かっこいいなあ……!」

 ミラは少年たちのワクワクとした眼差しを一身に浴び、笑顔で肯定する他なかった。

「ええ。約束するわ」

 ここで否定して、彼らの夢を壊すのも忍びない。これは、本当に研究を成功させるしかなくなった。

(全く、先生ったら……)

 クリスに向かって苦笑を投げかけると、彼はフッと口角を軽く上げていた。先ほど「お前なら研究を成功させられると信じている」と言われたが、どうやら彼は本気でそう思ってくれているようだ。

「あの、これ、あげます! 俺の宝物! だから、研究頑張ってください!!」

 その声に視線を戻すと、先程クリスに謝っていた少年がミラに何かを差し出していた。受け取って、手のひらに乗せたそれをよく見ると、美しい青緑色の半透明な丸い石だった。なんだか、この湖の色によく似ている。

「綺麗……! でも、本当にもらっちゃっていいの?」

「うん! ……じゃなくて、はい! 助けてくれたお礼と、魔法を使えるようにしてくれるお礼です!」

 満面の笑みを浮かべた少年にそう言われ、ミラはありがたくその美しい石を受け取ったのだった。


 その後、少年たちを村まで送り届けた後、二人は帰路についた。

 列車に揺られながら、ミラは少年にもらった石を取り出す。窓から入ってくる陽の光にかざすと、キラキラと輝いて実に見事だった。

「それにしても、綺麗な石ですね。初めて見ました」

「それはリュミナイトという鉱石だ」

「へえ……! よくご存知ですね!」

 クリスの知識は本当に幅広く、それでいて深い。ミラも研究に当たって魔石についてはよく調べていたが、鉱石の種類まではよく知らなかった。

 魔石と鉱石の違いは、魔力が含まれているかどうかだ。

「主に観賞用だが、あの辺りじゃ大量に取れるから、宝石よりはずっと価値が低い」

「せっかくあの少年がくれたのに、そんなこと言わなくても……」

 無粋なことを言うクリスに苦言を呈するも、彼は予想外の言葉を返してきた。

「実験に使えるかもな」

「え?」

「あの森に魔物が現れるのは、森一帯の魔素濃度が高いからだと言われている。そこで取れるリュミナイトには、一体どんな効果があるだろうな?」

 クリスは目を眇め、こちらを試すような、いたずらっぽい表情を浮かべている。彼の言わんとしていることを理解したミラは、驚きのあまり目を大きく見開いた。

「先生……まさか初めからそのつもりで……?」

「リュミナイトは工業的な価値も低く、今まで見向きもされてこなかった。もし魔道具を量産し普及させるなら、持って来いの素材だと思わないか?」

「絶対そのつもりでしたよね!?」

「フッ、さあな。言っておくが、アイデアのひとつとして、だ。上手くいくかは俺も確信がない」

 クリスが「秘密の場所」に連れて行ってくれた本当の理由。それは、この石の存在をミラに伝えるためだったらしい。

 やはりこの人には、一生敵わないようだ。
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