【書籍化】「つまらない女」と捨てたのは貴方ですよ?~居場所を奪われた国一番の才女、実力を発揮して第二の人生を謳歌する~

45.二人の左の薬指には


 ミラが顔を上げると、クリスと視線がぶつかった。彼の碧の瞳が、わずかに弧を描く。そして彼の手が、優しくミラの頬に触れた。

「ミラ。お前を愛している。ずっと俺のそばにいてくれないか?」

 彼から聞いた、初めての言葉。真っ直ぐな彼の言葉に、一瞬心臓が止まったかと思った。

 好きな人と想いが通じ合ったことが嬉しくて、自然と涙が溢れてくる。ミラはその瞳に涙を溜めながら、ためらいなく答えた。

「そんなの……『はい』に決まってます……!」

 今まで隠してきた、伝えたくても伝えられなかった想いを、彼にぶつける。

「好きです、先生。心からお慕いしています。だから……だから、ずっと先生のそばにいさせてください」

「ありがとう、ミラ。俺も心からお前を愛している」

 クリスは安堵の表情を浮かべると、ゆっくりと顔を近づけ、ミラの唇に再びキスを落とした。一度離れた彼は、あの優しい微笑みをたたえている。

 鼓動が早鐘を打ち、頬が火照る。

 顔を隠したくて俯くも、クリスがそれを許さなかった。彼はミラの顎に指をかけ、そっと上を向かせる。彼の碧眼から、目を逸らすことができない。

 クリスはちゅ、ちゅっ、と何度も口づけを落とす。いつの間にか彼の膝の中にすっぽり収まっていたミラは、キスの合間に息をするのでやっとだった。心臓が本当に止まってしまいそうだ。
 
「せんせ……」

「ん?」

 キスをしながら返事をする彼の声は、とても楽しそうだった。ミラは緊張で体が硬直し、思うように呼吸ができないでいる。

「……息、くるし……」

「鼻で呼吸しろ」

 少し息を整える時間をもらえたが、またすぐにキスの雨が降ってくる。もう心臓が限界だったので一度逃げたかったが、彼の片腕に抱きしめられ、その上、頭の後ろに手が添えられていたので、逃がしてはもらえなかった。

 いつの間にか体の緊張は解けていたが、同時に思考もとろけていた。彼の腕の中が心地よくて、気持ちがよくて。

 安堵が心地の良い睡魔を運んできた時、彼は不意にキスをやめた。

 ぼーっとした頭でクリスを見ると、彼はとても優しく微笑んでいる。そのままミラを寝かせたクリスは、自分もその隣に横たわり、ミラの頭を優しく撫でた。

 ミラは半分寝ぼけた頭で、愛おしげにこちらを見つめるクリスの手を握る。

「先生がさっき私のファーストキスを奪ったのは、私の旦那様になることが決まっていたからですか?」

「ああ。ファーストキスは旦那さまと、なんだろ?」

「もし私の気持ちに気づかなかったら、先生は私のこと諦めてましたか?」

「どうだろうな……諦め切れなかったかもしれん」

 クリスはそう言うと、ミラをそっと抱き寄せた。クリスの胸に顔を埋めると、彼の緩やかな心音が心地よく響いてくる。

「俺はどうやら相当嫉妬深いらしい。二度と離してやれそうにないが、それでも構わないか?」

「ふふっ、望むところです。もしも浮気をしたら、私の兄が殴りに来るので気をつけてくださいね?」

「浮気などするものか。お前以外に、共にいたいと思える女性など現れない。お前になら、たとえ裏切られても構わないと思えるほど、お前に惹かれているんだ」

「それこそ裏切るわけないじゃないですか。私は絶対に、先生を裏切ったりしませんよ」

 彼の胸の中でそんな会話をしていると、安堵と心地よさでとうとう眠気が限界に来た。意識が途切れ途切れになっているミラを見て、クリスがフッと笑みをこぼす。

「そろそろ寝られそうだな。今日はずっとついているから、安心して眠れ」

 頭を撫でられ、心地よさでさらに意識が飛びそうになる。でももう少し、彼と話していたい。幸せなこの時間を、もっと享受していたい。

「うう……でもなんだか、眠ってしまうのがもったいなくて……」

「安心しろ。夜語りする時間は、これからいくらでもある」

(それもそうですね……だって私、先生と結婚するんですものね……ふふっ、嬉しい)

「おやすみ、ミラ。良い夢を」

 クリスがミラの額に口づけたときには、ミラはスヤスヤと幸せな眠りについていた。
 




 後日談。

 クリスとミラが籍を入れたのは、「魔法補助装置」の研究が一段落ついた頃だった。ささやかに開かれた結婚式には、学長やシリウスも参列してくれた。

 そして、念願の娘の花嫁姿を見た母は、喜びを噛みしめるように静かに涙を流していた。

「研究もいいけれど、くれぐれも健康には気をつけるのよ」

 ずっと研究に反対していた母からそう言われたときは心底驚いたが、どうやら以前クリスに諭されたのが相当効いたようで、今ではミラの才能を認めてくれているようだった。

 そして、無事実用化された「魔法補助装置」は世の中の常識を覆し、この国に多大なる恩恵をもたらした。

 シリウスの主導で創設された平民向けの魔法訓練所には多くの民が詰めかけ、一人、また一人と魔法使いの人口が増えている。そのうち平民から魔法師団員になるものも出てくるだろうと言われており、平民蔑視の風潮はほとんど消失した。

 平民は魔法を享受し、より便利な生活を送れるようになった。また、多くの民が簡単な治癒魔法を使えるようになったおかげで、医療の逼迫も解消された。

 そうして魔法が平民に浸透していくにつれ、ミラの元には感謝の手紙がたくさん届くようになった。その中に、クリスの「秘密の場所」で出会ったあの少年たちからの手紙もあり、それを読んだときには胸が熱くなったものだ。

 そして、ミラの活躍が女学生や女性研究者たちの道標となり、研究者に占める女性の割合が大いに増えた。学会の懇親会で出会った彼女たちも、今は立派に研究員として働いているようだ。

 それらの多くの功績が称えられ、ミラはルミナシア魔法大学の准教授にまで昇進した。今はクリスの下で、多くの学生を抱えながら研究に励んでいる。

「ミラ、そろそろ帰ろう」

「はい、先生!」

 手を繋いで研究室を後にした二人の左の薬指には、同じ意匠の指輪が輝いている。



 この先、ミラは自らの研究室を持ち、クリスをも超える偉業を成し遂げることになるのだが、それはまた別のお話――。


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